馬鹿な人



少しだけ大きいベッドで目を覚ます。昨日まで吹き荒れていた嵐はすっかりなくなり、窓から青々しい木の葉が雫を滴らせていた。
カーテンを全て開けて部屋に光を取り入れる。久々の晴天模様だ。光で反射した写真立てが目につく。その写真を見て今日も頑張ろうと声に出した。

簡単な朝食を食べた後にインターホンが鳴る。モニターを見るとスーツを着た男性が2人。全く持って身に覚えがない。普段なら居留守を使うところだが出てみることにした。
はい、と言えば相手は外務省の人だという。何故ここに来たのだろう?ただならぬ予感がしてドアをゆっくりと開ける。このときの職員の言葉に理想的な朝は崩れ去った。


私が待っていた彼は亡くなったとそう告げられた。


……


「みょうじ!オレ、海外で仕事することにしたぜ!」
「は?海外!?」


卒業式を終えた後に何を言うのだ。と怪訝な顔を彼に向けてやった。


「ノヴォセリック王国って知ってるか?そこの軍事施設で戦車を作るんだぜ、スゲーだろ!」
「はっ、えっ、戦車…?」


最近まで就職が決まってないと思っていたけどまさかの就職先で頭の整理がつかない。軍事施設で働けると言ってニコニコしてる人間がここにいるなんて。


「本当はロケット作りたかったけどよォ、でもそこである程度仕事したら宇宙開発に携われるらしいし、それで…」
「……本当は憧れの人がいるからじゃないの?」
「うっっ」
「当たりみたいね…もう」


彼の動揺した姿に大きなため息をつく。


「一緒に暮らすって約束したじゃん?」
「ま、まぁ、そうだけどよォ…」
「全く超高校級って何考えるのか分からないなぁ」
「ま、待て待てって!」


彼に背中を向けるとガシッと肩を強く掴まれ、体を彼に向けられた。


「な、何…?」
「あのな、前にも誓った通りオレはオメーのことしか見てねーから!」
「まーたそうやって言葉巧みに…」
「いやいやいや!本当のことだって!」
「そう言って…海外行ってここから離れちゃうんでしょ?」
「……」
「それに軍事施設ってことは結構危険だよね」
「大丈夫だって!」


そう言いながら彼はぎゅっと強く私を抱きしめた。強く抱きしめるものだから息が苦しくて厚い胸板を押し返した。


「何が大丈夫よ」
「あんな平和な国が戦争になるわけねーよ!軍事といってもオレは製造だけだし、戦車は災害が起きた際にも使われるしな!安心しろって」
「………本当に馬鹿な人」
「大丈夫だって、ちゃんと長期休暇取ったら会いに行くし!」
「んー」
「……なら今から届け出すか?」
「届け?」
「おう、そんなに心配なら。確かに金髪美女と付き合いたいって思ってたけどそれはあくまで男のロマンだから!オレは…結婚したい位好きなんだよ!オメーのこと!」
「……うん」


彼は私の頭を撫でながら、恥ずかしげもなくプロポーズをしてくる。
前々から少し頑固だからきっとここで止めても壁を突き破っちゃうんだろうなーって思ってたし実際にそうしてきそうだし。


「……絶対に無理しないでよ」
「おう、流石オレの恋人だ!分かってるじゃねーか!」
「…何かあったら連絡してね。浮気したときも絶対連絡。別れる準備しとく」
「いや、しねーって!オレは一途だからな!…ならば!」
「わっっ!」


彼は私を抱えてベッドに飛び込んだ。背中に柔らかい衝撃が走る。私は仰向けで彼は私を押し倒していた。


「出発の日までたっぷり愛してやる。それにオメーの好きな所いっぱい連れてってやる。いいか?」
「……分かった」
「よっしゃ!そう素直な所は可愛いぜ、なまえちゃん?」
「な、名前呼びは反則…!いつも名字なのに!」
「もう、やべーな可愛い!」
「ち、ちょっと、和一…っ!」
「あーいいね、もっとオレの名前呼んで」





出発した飛行機を見送ったその日からはしばらく気分が上がらなかった。仕事にも影響が出てしまい、小さいミスを繰り返して上司に怒られてしまった。そのときは同僚の女の子とご飯食べにいったり遊びに行ったりして元気になっていた。

あ、現像した写真飾らなきゃ。
部屋に帰った際に思いつく。引き出しの中にしまっていた封筒から1枚の写真を取り出す。遊園地に行ったときに撮った物だ。大きなお城を背景にした私達の姿が写っている。本当は2枚あったが1枚は彼が持っていった。
写真立てに飾った写真を見ているとあのときの楽しかった思い出がまるで昨日のことのように思い出せる。だから元気が出てくるし、幸せな気分に浸れる。おやすみ、と写真の中の彼に呟いた。


半年経った頃だろうか。
朝起きるとついさっき彼からのメールが来ていたことに驚く。時差で考えれば夜に送ったことになる。
メールの内容は彼の生活状況に加えて、『1ヶ月後には帰るから待ってろよ!』という内容だった。

もうすぐ帰ってくる。夢なんじゃないかと思いながらも嬉しくて、言葉を考えるのに時間はかかったもののすぐに返信をした。
その日の朝のニュースで国際情勢について取り上げられていた。
アナウンサーが神妙な顔で淡々と言葉を伝えていく。普段ニュースを聞かない私はテレビだけ付けて流しっぱなしにするのだけれど、ノヴォセリック王国という言葉を聞いた瞬間テレビに視線を向ける。


[…ノヴォセリック国の政治に反対する者達の暴動が発生しています。政権側と反対派との衝突は拮抗している状況で長期化する恐れもあります]


不穏なニュースは私を不安の気持ちにさせる。彼が今まさにあの国にいるのだ。1ヶ月後に帰るというメール画面を閉じた。……この暴動が長引くことになればしばらく帰れそうにないと。
しばらく考え込んだが、ここからどうするってわけにもいかない。ただ、彼が無事であることを祈らなければならない。


その数日後、ニュースを調べると信じられない記事が出てきた。
武器を持つ者、戦車が破壊された街を走っていること、悲しみにくれながら逃げ惑う人々の写真…それは内戦が起きてしまったとすぐに理解した。
どこが有利とか書かれていない。負傷者の人数だけが書かれていた。

いてもいられなくなり、メールを送るとすぐにメールが届いた。
『大丈夫。確かに物凄く怖いけど、もう終わるから。落ち着いたら帰るから待っててな』
冷静な文章。だけどどこか彼らしい言葉。その言葉を聞けて少しだけ安心する。

数週間後、テレビのニュースでノヴォセリック王国は反対派を鎮圧したとニュースが入った。内戦は終わった。そのニュースに胸を撫で下ろした。
その日からまた元気が出てきた。彼が帰ってくるまでに元気にならないと、そう思いながら仕事を進めた。

早く会いたい。





「"左右田"さん?」
「………は、はいっ!」


男性の声に遅れて反応する。手には男性から手渡された数々の書類がシワだらけになっていた。


「…申し訳ありません。"旦那さん"が亡くなられた中で色々と説明してしまって」
「いえ……こちらこそすいません。本来私がやる手続きのお手伝いをしてもらって」
「大丈夫ですよ、また不明点があればお答えしますので」


職員の方に連れられてきたのは薄暗く、冷え込んでいる遺体安置所だ。そこポツンと豪華な施しをされた棺が置いてある。
職員の人から手渡された手紙を読む。
彼のクラスメイトだった王女様の自筆で謝罪の文と共に国で何が起きたのかが詳しく書かれていた。

ニュースで見た通り、内戦だったがそこでは彼の作った武器や防具が大変役に立ち、内戦が終わるまでずっと政権側が圧倒的に有利だったとか。反対派が鎮圧されてきた頃に王女様目掛けて反対派が奇襲を仕掛け、彼が王女様を守る為に……。

彼は今や王国の英雄として讃えられ続けているそうだ。私は手紙の最後の文を読んだ後に重い棺を開け、久々の再会を果たすことになる。

ノヴォセリック王国の服装を纏った彼の姿はまるで眠っているかのようだ。胸あたりの深い傷が無ければ、だが。

愛おしい貴方の名前を呼んだ。もちろん返事なんて返ってこないし、目も開かなかった。
朝が来て名前を呼べばいっつも目を開いておはようって言ってくれたのに。

貴方の死を自覚してしまうと心はどこかに消えてしまって、どんなに頑張ってもどんなに元気になろうと努力しても戻ってこれなかった。今までの思い出を思い出したってただただ虚しかった。

ふと彼の手を見ると片方だけ強く握られていることが分かった。握られた拳を探っても何か握られている様子はない。そのとき私の手が勝手に動く。まるで誰かが私を気づかせるように、導いてくれるように、彼の拳の近くのズボンのポケットに手を入れるとシワシワの何かの感触を覚える。
それを取り出して見た瞬間わなわなと身が震えてしまい、苦痛と悲しみが交じり合ったような声を情けなくも出してしまった。


「…本当に、本当に馬鹿な人……」


私を置いてしまうだなんて。
死んだ後でさえ私をまた悲しませるなんて。

私の中にあるぴんと張った糸が切れた瞬間、溢れ出る悲しい思いを抑えきれずに泣き続けた。愛おしい和一のポケットに入っていた写真を握りしめながら。


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