メリーゴーランドは廻り続ける(後半)



石丸さんに書類を渡してから数日が経ち、面接の日になった。
ただ先生と話すだけなのに緊張する。そう思いながら学園の門をくぐると聞き覚えのある声がした。


「みょうじくんではないか!おはよう!」


朝から元気すぎる声を出す石丸さんに思わず微笑んでしまう。そして思い出した。どこかで見たことあると思ったら石丸さんは超高校級の風紀委員だったんだ。だから朝の挨拶で門の前にいて、私達でも彼の存在を知っていたんだ。

「おはようございます、石丸さん」
「今日も晴れやかな朝だ!そして君の大切な面接の日でもあるなッ」
「そうですね、面接が通ればいいんですけど…」
「ハハハ、君なら大丈夫だ。僕は君が来てくれるのを楽しみにしているのだ」
「……えっ!?」


彼の言葉に体が高く飛び上がりそうなくらい驚く。楽しみにしている…も、もしかして石丸さんは私のこと……。


「君のような努力家と休み時間に議論を出し合って討論してみたいものだ!話し合えるような生徒がいなくて暇なんだが…」


……その言葉に少しだけがっかりしてしまうがすぐに納得がいったし期待した自分が恥ずかしくなる。

どうやら彼は討論相手として私が本科に来て欲しいそうだ。ただ単に好きとかという気持ちではない。
……まあそうだよね。そんな話してないのに好きになるとか普通あり得ないし、自分がちょっと変なだけだ。……うん、そうだよね。私が勝手に思っただけ。

「あはは…頑張りますよ!」
「うむ!頑張ってくれたまえ!」


石丸さんに手を振ってクラスに入る。扉を開けた瞬間、頭に何かが乗る。そして生徒の笑い声が響く。頭に乗ったものを取るとそれは黒板消しで見事に私の頭は白く染まる。

いいんだ、もう慣れっこだ。鞄も置かずに女子トイレに駆け込む。
鏡でチョークで染まった部分を確認する。そのときに石丸さんの笑顔を思い出すだけでこのイジメは乗り越えられる、頑張ろうと思わせられる。


「うわ、笑ってるよ…気持ち悪い…」


そんないじめっ子達の声は聞こえても全然傷つかない。ただ石丸さんの顔、話した内容を思い返すだけなのに。
本当に好きなんだ、彼のことが。授業中も彼のことでいっぱいだった。


放課後の空き教室にて予備学科の学生がざっと30人程集まった。この人達はみんな転科願いを出した人だ。その中には私を殴り蹴る人達もいた。


「みょうじさん、どうぞ」

先生の声に私は立ち上がり別室へ向かう。君に来てほしい。石丸さんの言葉に支えられながら面接を行った。


言葉が詰まるようなことも無かったし自分が言いたいことは言えたはずだ。
面接を終えて帰路につく。学園の門に近づく度に彼がいるかもと期待を膨らませるが今日は誰もいなかった。
いくら風紀委員だからって毎日は厳しいだろうしそれに帰るときは門の前にいないのかもしれない。寂しい思いをしながら今日は帰ることになった。


それから数日後に結果が届いた。
…自分の封筒の中を見ずに知ってしまった。だってクラス内で本科へ行けると大喜びするいじめっ子がいたから。
…選考に落ちてしまったのだろう。封筒の中を開くとため息をついた。落ちてしまった。石丸さんに合わせる顔がない。折角推薦してもらったのに…。
その日はただ気分が悪かった。とはいえ、殴ってくる子がいなくなるだけでも少しはマシなのかと思ってしまう。
そう思いながら門の近くに行くとスラリとした人影が見えてビクッとする。
石丸さんだ…気づかれないようにして帰りたかった。
けど、会いたい。私はゆっくりと歩を進めた。彼の声を聞きたい気持ちが勝ってしまう。


「みょうじくんではないか…残念だったな」


そう彼は顔を曇らせる。ああ、知っていたんだ。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「ごめんなさい、折角推薦して頂いたのに」


頭をゆっくりと下げた。頭上から彼の凜とした声が聞こえてくる。


「こういうときもあるさ、気にしないでくれたまえ。…しかし先生方はその予備学科生を君よりも優秀と判断したんだろうか……」


そう彼が腕組みをすると小さい声で呟いた。


「…それはそれでその学生のことが気になるな」


私の体がピタリと止まった。そして体の中の心臓が鼓動がドクンドクンと加速していく。
私よりも私を殴ってくる人の方が興味深い…?私が選ばれていたら彼は優秀な学生として興味を持った?
彼はまさかあの人のことを選ぶの?私よりも?

様々な感情が膨れ上がり、どうしていいか分からず門から飛び出すように走り出した。さっきまで目の前にいた彼の声なんて聞こえていなかった。

その夜、心の奥底から湧き出る黒い感情に嫌悪を抱き始めた。夕方は石丸さんに何も言わずに飛び出して帰ってしまった。明日の朝、そのことについて謝ろう。そしたらこのモヤモヤとした感情も消えてくれる。


次の朝、門に石丸さんはいなかった。
彼に会えなかったことで処理出来てないモヤモヤが膨れ上がる。早く謝りたいのに。そう思いながら教室の扉を開けるとクラスメイトからお面を渡される。
それは白黒のクマの形をしていて何だか不気味な被り物だ。


「なに、これ」
「ん?これ被って"パレード"に行くの」
「パレード?」
「そう、このクラスの半分くらいがこれから行くんだけどみょうじもどうだ?」
「今日はやめとくよ、気分が悪いから」
「あ、そ。じゃあ俺達はいくから」


私が行かないことを知った後その子はまるで見下すような冷たい目で睨みつけて教室からゾロゾロと何人かを率いて飛び出した。教室には半分位の生徒が残っている。
どうやら本科の校舎前で叫んでるとか。なんだそれは。まるで何かの反対運動みたいだ。


そこから日に日に周りが狂い出した。
教室はパレードの為に人が消え、次第に叫んでるだけのパレードは破壊活動にまで発展した。

遂に教室は私だけになった。たった1人机に突っ伏して両手で耳を塞ぐ。周りは罵声、悲鳴、呻き、そして何か物が壊れる音。何も聞きたくない。

帰らなきゃ、もうこんなところにいたくもない。教室から出て、外に出て、門まで行って。これで帰れるんだ。
そのとき目の前に何かが落ちた。それを思わず見つめた。いや見てしまった。


「いやあああああっっっ!!」

足がすくんでしまい、その場に崩れ落ちる。そこには変わり果てたいじめっ子の姿だ。血まみれで一部が抉れて無いのだ。その体にはナイフが突き立てられており、体とナイフの間には紙が挟まっていた。

本科へ行く裏切り者

背筋がゾワっとする。もしかして自分も選ばれていたらこういうことになっていたのだろうか……。恐怖で歯がガタガタと動き、最早会話しろと言われても出来ないし人間が人間を殺している事実を受け止められなかった。

………

……………石丸さんは大丈夫だろうか?
こんなことになってるし本科の人は寄宿舎で過ごすのだからこの学園内に絶対いるはずだ。もう謝るなんてちっぽけなことはどうでもいい…ってわけではないけど、ただ石丸さんが生きていないと謝ることが出来ないのだ。生きて欲しい。お願いだから。


「あ、予備学科生だ。へー、顔見えるってことはまだパレード参加してないじゃん。今更感溢れるー」


振り向くと2人の女の子がいた。ツインテールの女の子と黒髪の女の子。


「あっ、この子知ってる。みょうじなまえだ。転科願いに載ってたわー」


そう言いながらツインテールの女の子はヒラヒラと紙切れを揺らす。それは確かに私と彼が書いた書類だ。


「こんなことになるなら選ばれなくてよかったなんて思ってるでしょ?
…転科なんてね、学園上層部はそんなの考えてないの。予備学科は予備学科!只の能無しよ」
「…?」

この子は急に何を言い出すの?困惑が顔に出てるだろう私に話し続ける。


「可哀想ね、学園内にいても本科や先生に陰で見下されているのよ。その証拠をばら撒いたらみんな不満が爆発してパレードをやってるわ。けど結局は能無し。本科の生徒を殺せば枠が空くよって言ったら更に過激になってんの!パレードが!うぷぷ…アイツらはまるで本科という餌を求める能無しの金魚みたいね!…けど」


かつかつとブーツを地面に慣らして私の方までやってくる。
彼女が早いスピードでしゃがみこみ、ハイライトの無い目で私をただ見つめてくる。思わずヒィッて声が漏れた。


「…アンタだけは違ったみたいね、アンタだけよ、パレードに参加してないのは」


その目は見つめ続けると吸い込まれてしまいそうで顔を伏せた。目を閉じて彼女の言ったことを脳内で繰り返す。
アンタだけは違う。君だけは違ったのか。………その言葉に石丸さんの言葉を思い出した。


「あの人は…無事、なの?」
「はぁ?」
「石丸、さん…」


そうするとしゃがみこんだ彼女はああ、と知っているような口ぶりをする。


「そうだよねぇ、アンタを推薦したの石丸だからねぇ。んで、お姉ちゃんどうよ?石丸は」


そうすると今まで黙っていた黒髪の女の子はえと、と小さい声を出した。


「うん、生きてるよ」


その言葉に体の力が緩む。生きているなら良かったと胸をなで下ろす。


「じゃあさ、ここまでパレードに参加しないならさ。これ見てくれない?」


彼女はどこから出したのか大きいタブレットを私に見せるようにした。タブレットは何かの動画が入っていて既に再生している。すごく気味の悪い…けど、それを見入ってしまう。

そのとき心の奥のドス黒い感情が噴水のように湧き出た。同時に彼女の言葉がぐわんぐわんと脳内に響いていく。


「予備学科はただの凡人で金を学園に蝕まれるだけの存在。卒業して成功が得られるのは本科の人だけなワケ。アンタ達が成功するビジョンなんてないの。アタシには分かる。だってこの世界は才能ある人間にしか成功しないって分かってるの。予定調和ってやつ?」
「ち、違う…」


情けない声で反論した。努力する者も成功する。そう、努力を惜しまない石丸さんも賛同してくれるはず……
……?

なら石丸さんは選ばれてどうして私は選ばれなかった?石丸さんには努力に関する才能があって私には一切無かった?


「アンタ達のような凡人は凡人らしく成功もせずにただ人生を終える。メリーゴーランドの馬だってさ、ただ回り続ける人生より駆け回った方が幸せよ?

…だけど所詮メリーゴーランドの馬は木製の馬だし、予備学科のアンタも所詮凡人のアンタ。結局廻り続ける人生なワケ」


彼女は話し続ける。でも私の目は彼女に向けることはなく、映像から離せなかった。
所詮私は予備学科の人間だ。才能ある本科の人に恋をしたのがそもそもの失礼な行為だ。
面接に落ちた私をもしかしたら才能のない凡人だと思われていたのかもしれない。そう思うと、石丸さんは怒っているのかもしれない。推薦した人物がこんなにも才能のない人物だったのかと。ああ、石丸さん。貴方の自信やプライドに傷をつけたこの自分を許してください。

私は目の前の死体に刺さったナイフを取り喉に突きつけた。
それを見ているツインテールの彼女はニヤニヤと口角を上げていた。


「そうそう、イイ感じ。絶望の顔が堪らないわぁ」


殴られたり蹴られたりしたときは死んでやるとか思っただけなのに、あの映像を見てから死にたくなる程謝りたいことが沢山出来てくる。

もう私がいなくたって誰も気にする人なんていない。
そう思いながら刃先を喉へ突き刺した。


「うぷぷ、やっぱこの自殺ビデオの映像の破壊力はスゴイわ!いつかこれを暴れてる予備学科生に見せちゃお!」


そう彼女の狂った声を聞いた後に激しい痛みと共に意識を失い、私の記憶はここで途切れた。


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