メリーゴーランドは廻り続ける(前半)



私は希望ヶ峰学園の予備学科にいる生徒だ。だけどここの環境はとても居心地が悪い。
周りのみんなは卒業後の成功を信じている故に勉強もせずに遊んでいるからだ。それだけならまだいい。


「ちょっとみょうじ。アンタみたいなクソ真面目な奴がいるからアタシ達がサボってるって先生に怒られるわけ。良い子ちゃんぶらないでよ!」

問題は勉強しているだけで予備学科の生徒にいじめられていることだ。それに最近学園側の方も本科を贔屓にしていて予備学科を蔑んでいるという噂もある。私含めてみんなは不満でいっぱいだ。そこからの理論が分からないけど、みんなは私を殴ったり蹴ったりすることで鬱憤が晴れるのだろう。


そんな息がしづらい予備学科を騒がせる情報が入った。
"転科申請願い"という書類に書いて、学園関係者と面接を行うだけで本科に転科出来るというものだった。
今までの待遇が悪かった分、予備学科の生徒ほぼ全員が応募したがった。

ただその書類は枚数がたったの数十枚と限られていた。故に限られた枚数を生徒同士が奪い合うという醜い争いの種となってしまった。
暴力を振るったり、既に誰かが書類に名前を書いたとしても修正ペンとかで塗って無かったことにしてしまったりと益々クラス内の雰囲気は最悪だ。

本科はどんな人達がいるのか、その人達と話してみたいという気持ちもあったから応募したかったけどこれじゃ無理だと私にも分かった。
その為に無意味な暴力を振るわれたくないし。


帰り道はどこか寄り道しようか。
夕焼けを見上げながらトボトボと歩く。そのとき突風が吹きあれて体が一瞬浮いた気がした。慌てて体を持ちこたえようとしても遅かったみたいで間に合わない。そのまま地面に倒れてしまう…。

と、思ったが体が斜めに止まった。
それは誰かが支えてくれたと理解した。


「君、大丈夫か…?」


とても響く、聞きやすい男性の声がした。走ってきたのか息づかいが荒い気がする。その人に支えられつつ姿勢を立て直す。


「す、すいません。ありがとうございます」
「倒れかけたということは体調不良なのだな?」
「えっ?」
「こうしちゃいられない!早く保健室へ行こうではないかッ!」
「えっ、あっ、ひゃっ!」


突然何を言い出したかと思えばその人は私を軽々と持ち上げて走り出す。
何か言おうとすると舌を噛んでしまいそうなくらい体は彼が走る度に揺れていた。


「そ、そうか!風がきてよろけたのだなッ!ハハ、それを早く言ってくれたまえ!」


保健室に着き、ベッドの上に私を乗せた頃に体調不良ではないことを伝えると彼はニコリと笑った。
茶色のブレザーを着ていることから本科の生徒だと一目で分かった。彼をどこかで見たことあるような…。


「見たところ予備学科の生徒のようだな。早く帰った方がいい!ただ寄り道はいけないッ!真っ直ぐ帰るのだッ!」


ビシッと人差し指を立てられる。さっきまで寄り道しようと考えていたことが見透かされたようでドキリと体が小さく跳ねる。
そもそもここまで連れてきて帰れとはなんていう人なのだろうか。心の中では思っても口には出せない。ぐっと堪えて笑顔を作った。


「そうですね、早く帰らないと…」


立ち上がろうとしたとき、彼に私の手をぐっと力強く握られる。
今度は何なのだ。帰れと言いつつ何故私の行動を止めたのだろう。
彼を見ると眉間にしわを寄せて考え事をしている。しばらく彼の顔を見つめていると彼の唇が動いた。


「…君は怪我をしているのか?」


えっ、と小さい声を思わず漏らしてしまう。自身の手にはもう見慣れたカサブタや殴られた痕が残っていた。その痕を彼の手が優しくさすってくれる。
黙っているとさっきの彼の声とは違う、けど確かに目の前の男の低い声が聞こえた。


「何か、あったのだな?…そうだろう?学生の風紀を守る者として悩みを聞こうではないか」


そのどこか優しい声に観念し、保健室のベッドに座り全て話すことにした。
予備学科の雰囲気がすこぶる悪いこと、勉強をしているだけでイジメを受けていること、そして今本科への転科について学科内で争いが起きていること。

どう話せばいいか分からず、たどたどしくなってしまったものの丸椅子に座っている彼は真剣に話を聞いてくれた。
粗方話終わって彼を見ると泣いていてこっちがビックリしてしまった。


「ど、どうしました!?」
「君だけは違ったのか…」


彼は鼻をすすりながら訳の分からないことを言い出す。
恐る恐るさっきの言葉の意味を聞き出すと彼は話し始めてくれた。


「正直に言おう。…僕は予備学科に良い印象を受けてない。何故なら学生でありながら勉学に励んでいないからだッ!あの体たらくな姿を見てて憤りを感じていたよ。
おかしいではないかッ!何故学生の本分である勉強をしているだけでイジメられるのだ?」


彼の熱弁ぶりに驚いたが、小さく頷く。そして彼は鞄からファイルを取り出し1枚の紙を私の前に差し出した。
この紙の内容に驚きを隠せず、思わず目を見開いた。

「転科申請願い…?コレって…!」
「…ああ、君のクラスでも大変なことになっている書類というやつだ」


彼は周りをゆっくり見回した後、私に顔を近づける。
急に異性の人と距離を縮められて胸がドキドキとしてしまうが、彼の言葉を待った。
そして彼は口に手を添え、私に向かって小さく囁いた。

「……これは秘密にしてほしいと先生から言われたのだが、本科である僕達にも1枚ずつ渡されているのだ」
「ど、どうして…?」
「それは僕にも理解し難いが…先生が言うには『ただの予備学科生』と『超高校級の生徒に推薦された予備学科生』では後者の方が本科に転科させる生徒として"良い"そうだ」


彼の言葉に希望ヶ峰学園がこのようなことをした理由が分かったような気がした。
これは出来レース…いやコネに近いものだ。
暴力から成り上がる地位ではなく、上の人間に認められた者がより良い地位につけるという皮肉だろうか。
私達予備学科は実際に学科内でギクシャクとしている。
けど、本科の知り合いなら頼めば難なくと面接まで行けるのだ。しかもこの人の話が本当なら優遇されるのだ。


「…いいんですかね。その、私なんかの為に」
「良いに決まってるではないか!この僕が推薦してあげよう!」

ほら、と彼が指差した先には転科申請願いの下の部分だ。
そこには本科記入欄があり、名前の所に石丸清多夏と書かれていた。
この人は石丸さんと言うんだ…と思っていると目の前にペンが現れる。
石丸さんが差し出したものと分かり、ペンを受け取る。

彼に見られながら書くのは恥ずかしいが気にしないようにしつつペンを走らせる。

書き終えてペンを返すといつの間にか書類も彼の手元にあった。

「みょうじくん」

書類に書いた苗字を呼ばれてドキッとする。

「はい、どうしましたか?」
「君なら先生方もその熱意が伝わるはずだ。
努力をし続けている君に頑張ってほしいんだッ!」


また人差し指を立てられるものの彼は満面の笑みを浮かべた。
そんな彼を見つめているとほんの一瞬だけ周りの時間が止まったような気がした。そして気づいたときには周りはいつも通りの保健室、だけど心なしか輝いている気もした。


ああ、私は目の前の人に恋をした。



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