うそとあめ



昨日は良いことがあったに違いない。
彼は鼻歌を歌いながら目の前の部品を交換している。彼の部品を見る目はいつも輝いているのだが、今日はいつにも増して潤いを増して輝いていた。昨日は77期生みんなで夏祭りに行ったらしい。私はそのとき夏風邪とやらで体調を崩し寝込んでいたのだけれど。


「夏祭り、どうだった?」
「……最っ高だったぜ!ソニアさんとベストポジションで花火を見られたからな!」
「日向君からは左右田君がグイグイソニアさんの方に行ってたって聞いたけど嫌がられてない?」
「そんなゴリ押しじゃねーぞ!ちゃんと声を張って伝えたからな!それにソニアさんは笑っててくれたしな!嫌がられてねーぞ!」
「苦笑いじゃない?乾いた笑いじゃなかった?」
「う、うるせー!大体何で俺の話にはこんな質問攻めされるんだよ。他の奴の話したら聞き流してたのによ!」


そう言われて唇がきゅっと引き締まる。あー、ちょっと聞きすぎたって後悔する。こんな嬉しそうな彼に勘づかれたくもないからとりあえず笑っておいた。


「応援してるだけよ、左右田君を放っておけなくて。ほら、私一応女だからさ、女の子にとって嫌な行為してないかなって」
「まーオレがするわけないけどな。でも何だかオメーの言葉通りに行動するとソニアさんが段々と優しくなってくるんだわ。オメーはキューピッドなわけ?」


彼はエンジンオイルで所々汚れた手の甲を顎に当て、肘を胡座かいた足につける。ニヤリと口角を上げ顔を向けてくる。その姿は私にとっては心臓をドキドキさせた。


「そうだね、だって左右田君の恋愛叶うように言ってるんだからキューピッドみたいなものよね」


全身に轟かせる心音を聞かれないよう、また笑顔で嘘をついた。
彼はまた瞳をぱあっと輝かせて目尻あたりが微かに染まる。


「ホント、オメーに相談してよかったわ。今ならなんでも上手くいきそうだ。おっ、そうだ」


左右田君は立ち上がり、部屋の隅にあった少し大きめのピンク色の袋を私に差し出してくる。
その袋はとても軽く、表には有名なプリンセスぶー子のイラストがあった。


「オメー、行けなかったしよ。あれだ、綿あめ。コレ日頃のささやかなお礼だと思ってくれ」
「綿あめ?ありがとう」


そういえば夏祭りの屋台に綿あめ袋がズラーッと並んでいたお店あったなぁなんて懐かしんだ。同じように左右田君が用意してくれたことに幸せを感じた。

ふと時計を見るともう夕方で部屋に戻らないといけない。左右田君に手を振って別れを告げ自分の部屋へ戻った。

いつも通りの部屋。ベッドの上に座り綿あめの袋を優しく抱きしめる。
…だけど今まで彼と話し込んでいたからか1人きりの部屋は寂しかった。

実を言えば風邪をひいたのは嘘だ。
2人が仲良くなってほしい気持ちで彼にアドバイスを伝え、仲良くなる度に最初はそれを祝って喜ばしく思っていたのだ。だが、次第にそれを毎日する度にポッカリと穴が開く虚無感を覚えた。
昨日の夏祭りについても沢山アドバイスをしたのだが正直目の前で2人が仲良くなる所は見たくなかった。ふつふつと何かが胃液と共にこみ上げる感覚に陥り、昨日の朝に祭りに行けないと断りを入れたのだ。

袋を開けて淡いピンク色に染まった綿あめを口の中にいれる。甘い香りと味がしたが一瞬にして綿あめは溶けてしまった。
まるで今の自分のようだ。彼、左右田君と一緒にいたときが幸せだったんだ。だが私にとって彼といた時間はあっという間に終わるのだ。これからも私が彼といられる時間は消えていくだろう。ああ、どうして引き留められないのだろうか。


「……美味しい。………うん、美味しい」


私が彼の気持ちを第一に思っているからだろうか。今になって振り向いて、だなんて馬鹿なことだ。このまま誰かとの関係を築き上げないで、なんて私のわがままでしかない。私にはただ彼の幸せを祈るしかないのだ。

…はあ、気を紛らわせる為に1人で綿あめを頬張って美味しいって呟いたのにこんなこと考えていたら余計に寂しいだけじゃない。
そう思うと涙がひとりでに出てくる。…これが失恋、なのかな。溢れた涙は手元にある綿あめを濡らし一回り、もう一回りと縮ませた。


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