みょうじなまえはオレの幼馴染だ。 小さい頃はいつもオレとよく遊んでくれた優しい奴だ。大人になるにつれて疎遠してしまったけど。 学園を卒業し、有名な機械製作会社に就職が決まった。あの学園のネームバリューは凄いもので就職して数ヶ月で大きなプロジェクトリーダーにまでなった。オレはリーダーというより機械の部品をただ作りたいだけだったが、女の子にモテるようになったし(ソニアさんにそのようなことをメールしたらかなり褒められた、これが1番嬉しい)まーこれはこれでいいか。 中間報告兼同僚との飲み会で、同僚や先輩達が女の子何人かを連れてきたという。こんな現代に絶滅寸前の合コンに立ち会えるとは貴重な経験だ。 そんなときだ、まさかその中にいたあいつと再会するなんて。 最初はそっくりさんかと思ったが、声や顔は大人びたもののみょうじに間違いなかった。あいつも最初はオレに気づかなかったが何回か目を合わせてきた。同僚達が帰った後すぐに声をかけた。やっぱりみょうじだった。 みょうじは酒を飲みすぎたせいか顔が赤くなっていたのが外が暗くても分かる。みょうじらしくない肩を出した露出の多い服は思わず見惚れてしまう程。 みょうじは自力歩行は出来るが、帰り道酔った女に手を出す男がいないとも限らない。それに送ってと言われたし家まで送ることにした。 みょうじの家は一人暮らしのマンション住まいだった。意外と良い所に住んでるんだなと感じる。別れ際にこのまま泊まってく?とか言っていたが仕事もあるからと断った。その代わりといってはなんだがオレはみょうじと連絡先を交換しあった。 しばらくした後のこと。あれは土曜日だっただろうか。みょうじから連絡があった。内容は「今夜会えるかな?」の一言。 何かあったのかと思い、仕事を終えてすぐにみょうじの家へ向かった。ドアを開けてもらい、あいつの顔を見て血の気が引いてしまった。 「…左右田君、急に呼び出してごめんね」 「お、オメーどうしたんだよソレ!?」 「……中で話すね、ここだとちょっと」 みょうじの頬は赤く腫れていた。 話を聞くと、あのときの合コンは人数合わせで本当は彼氏がいたこと。そいつが他の女と夜遊びをし続けており、咎めた所DVを受けていること。 あまりの情報量の多さに頭がパンクしそうになった。そして情報を理解していくごとに怒りが沸々とこみ上げてきた。 「…んで別れるって言ったんだよな?そしたら相手は?」 「急に怒っちゃって…何でお前と別れなきゃいけない理由があるんだって」 「は?何ソレ、意味わかんねー」 相手はタチが悪かった。ひとしきりみょうじを殴った後にほとぼりが冷めれば謝りながら抱きしめてくるヤツだ。 「そんなの構わなくていいに決まってる。別れた方がオメーの為だって!」 「でも、殴られるって思うと怖くて」 「なんならオレがいてやろうか?」 「ホントに、迷惑かけてごめん…」 「おう、だいじょーぶだって!」 なっ!って言いながら肩をポンポン叩くとみょうじは急に抱きしめてくるから息が止まりそうになった。 「…お、オイ、みょうじ…っ!」 実は恥ずかしながら女の子に抱きしめられるのが初めてだからこんなときどうすればいいか分からねェ…。身を震わせて泣くみょうじの肩を引き続きポンポン叩くと箍が外れたようにわんわんと泣いた。泣いちゃったら目も赤くなるだろと心の中で思ったが仕方ない。みょうじも我慢していたんだろう。今夜はお願いして泊めてもらってみょうじの傷を癒すしかないと思った。 「……っ、…!」 まだしゃくりあげているが、少しは落ち着いてくれただろうか。時間はもう日付を超えて0時半だ。風呂入ったかと言うとまだと言うから先にお風呂に入らせる。もちろん中までは行かなかった。 久しぶりに再会したと思ったらみょうじが大変なことになっていた。元気そうなのは良かったのだがいかんせん話を聞いた感じ相手がとんでもねーやつだった。大丈夫かな、円満に終わってくれるかな、なんて思っている。…男らしくそばにいてやるなんて息巻いてしまったが殴られたら嫌だななんて怖気づいてる自分に腹が立つ。 「…左右田君、ごめんね。こんな夜遅くに」 風呂上がりで湯気が出ているみょうじがこちらへ歩いてくる。顔の腫れもだいぶ引いたようだ。 「気にすんなって。風呂借りていいか?」 「もちろんだよ、自由に使って!」 「おう」 お互い大人になったとはいえ、まさか一人暮らしの女性の風呂を借りるとは思わなかった。風呂の中は女性用シャンプーのいい香りがする。ここにずっといたい欲はあったが、本当にここにいるとみょうじに何かをしてしまいそうな気もしたからシャワーを出来るだけ早く済ませた。 …タオルで体を拭いているときにみょうじの声が聞こえた。会話をしている様子から誰かと電話でもしているのだろうか? 「………うん、大丈夫だって。分かってるよ」 さっきのみょうじとは違ってえらく声が低いもんだから少しだけ寒気がした。 その後も相槌だけ続けているようだ。 貸してくれた部屋着用のTシャツや半ズボンは不思議にもぴったりだった。と一瞬思ったが、みょうじの彼氏のだと察した。ヤツはオレと背丈が一緒なのだと思うと少し複雑な気分を覚える。 …ゆっくりと脱衣所から出てみょうじのいるソファの上に座る。みょうじは一瞬オレと目を合わせた後も電話を続ける。隣で聞くと相手は彼氏らしい。 「…だからって殴る意味は無いんじゃないかな?」 みょうじはオレが隣にいることを少し気にしながら会話を続ける。不覚にもその姿を見て、からかいたくなってくる。 そっと電話をしているみょうじの肩をオレの方に寄せてみるとみょうじが話している言葉が詰まった。 「………っん、ん?何もないよ?風呂上がりで湯冷めしてて寒いなって思っただけ」 急な言い訳に声をあげて笑い出しそうになるがぐっと堪える。 そういえばみょうじはくすぐりが苦手だっけか。そう思い出した瞬間に肩を寄せていた手をみょうじの体に沿って人差し指でなぞる。 「…っ、そういうとこだよ、私が苦手だと思っていたこと…っ!」 案の定。くすぐりから体が逃げようと動いてくる。もっとやってやろうかと思ったがすぐに電話が切れてしまった。 「…ちょっと左右田君!」 「悪りぃ悪りぃ、ちょっと面白かったしよォ」 「相手に気づかれたら大変だったんだからね!もし気づかれたら殴られちゃうかもよ?」 「大丈夫だって、やり返すから。…オメーってオレと彼氏との態度違くねーか?彼氏相手にあんな低くて怖い声出しちゃって。それ聞いちゃうと、寧ろオレ優遇されてんの?」 「そ、それはだって…殴る彼氏より相談に親身になってくれる人の方がいいんじゃないの?」 それを聞いたとき、おおっ?って思った。これってもしかして脈があるのか?いやオレにはソニアさんが…。オレの勘違いだったらヤだな…と頭の中で葛藤したが目の前にいるみょうじはどうやら察したようだ。 「…あぁ、勘違いしないで。左右田君のこと好きだけど、そういう意味ではないから」 そう言うみょうじの声は少し残念そうだった。あぁ、これは…。幼馴染で一緒にいたからかよく分かる。これは脈アリだ。きっとみょうじも同じように察してあんなことを言ったのだろう。 オレはソニアさんが好きだがそれは本当に恋としての好きだろうか? 学園にいたときは間違いなく恋である。しかし、今社会人となった今では恋と呼ぶべきか疑問に感じている。あの学園生活で何回あしらわれたことか。というか全くと言っていいほど振り向いてくれなかった。振り回されっぱなしと言った方がいいだろう。オレよりもアプローチを一切していないアイツの方には振り向いてくれたしな。 社会人になった今、分かるのだ。今もソニアさんに連絡は取っているがコレはアイドルに向ける憧れに近い感情ではないかと。 寧ろみょうじに抱いている感情が恋に近いのではないかと。まだ別れてないからソニアさんのときと変わらず一方通行だけど。 「そろそろ明日、早いから寝ようか」 「……あ、みょうじ」 「ん、どうしたの?」 「疲れたろ?ベッドまで送ってやるよ」 「え、いやすぐそこだし」 「いいから」 オレはみょうじの首と足に手を潜らせて持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。思ったよりも軽くて自分でもびっくりする。 「きゃっ、な、何をしてるの!?」 「見れば分かるだろ?」 「左右田君、好きな人がいるんじゃ…」 「そうか?それはオメーの思い過ごしじゃねーか?」 「な、そんなこと…んぅ!」 ベッドの上に寝かせると、手を掴まれる。思わず笑みが溢れた。 「お、どーした?」 「…ニヤニヤしちゃって」 「何言いたいか分かってるからな、幼馴染だし」 「…そこまでくると幼馴染っていうよりエスパーだよ」 「はっ、オメーもだろ?ホラ、言ってみろよ」 「…一緒にいて」 「はいはい」 みょうじは掛け布団を上にあげ、オレを歓迎する。オレは布団に入りみょうじの頭を少し乱暴にがしゃがしゃと撫でる。みょうじはびっくりしてたが次第に嬉しそうにしていた。 「…寝る前に痛いって感じずに、幸せって感じたの久々かも」 オレにニコリと昔と変わらない微笑みを向けるみょうじに顔の温度が急激に上がるのを感じた。 全く彼氏って奴は馬鹿な奴だな。こんな可愛い女を殴って手放すことになるなんて。 「言っとくけど、彼氏いる女には手出さないからな」 「ふふ、分かってるよ。左右田君そこはちゃんとしてるからね」 「まるでそれ以外ちゃんとしてねーみたいな言い方だな」 「それは言葉の綾だよ」 「全く…昔と変わらねーな」 「左右田君もでしょ?」 「…はは、そうかもしれねー」 そう言いながらみょうじは電気を消す。 真っ暗になった部屋の中でおやすみという声が耳元で聞こえた。おやすみと返して少しだけ身を乗り出し頬に軽く口づけると、小さく笑いながらありがとうと消えそうな声で呟かれる。その声はとても幸せそうな声だった。 …頬に口づけたのは殴られた傷を癒そうというオレの勝手だがもう1つの意味をみょうじは分かってるだろうか。まぁ、いずれ直接告白するんだからいいかと心の中で納得する。さて、オレも明日頑張らねーとなァなんて思いつつ、隣にいるみょうじの体温を感じながら眠りについた。 (そういえば頬にキスは純愛表現だったっけ…左右田君の癖に…ありがとう) |