12話

 夜道を走る、二つの影があった。

「小春、大丈夫か?」

「だいじょう……ぶっ……」

 やはり、監禁されていたことで、体が鈍っていたのか、少しの距離で息切れしていた。そんな小春を見て、海李は、

「ここら辺で少し休むか……」

 と、小春を連れて近くの公園に入った。

 ベンチで座っていると、海李は温かいコーンスープを、自販機で買ってきて、小春に渡した。だが、小春はそれを開けようとはせず、両手で優しく包むと、重々しく口を開いた。

「海李……何で」

「“何で助けてくれたの”だろ? そんなの……好きだからに決まってんだろ」

“好き”という言葉は、今まで何度も聞かされてきた小春だったが、今の海李からの告白は、一瞬だけ心が揺らいだのだった。

「好きだから、もうお前が傷付いていくのは見てられねぇ。今まで何もしてやれなくて……ごめんな」

 切なそうに言う海李に、小春は涙が滲んだ。

「海李は……謝らなくて良いの。元はといえば、私の弱さが招いたんだから……」

「そんなことねぇ。小春は弱くなんかねぇよ。弱いのは俺だ……俺がこんな迷ってたから……」

「海李……」

「良いか、小春」

 何かを決心したかのように強い目で、海李は小春の肩を掴んだ。

「残念だが、多分もうキリ姉さんは助からねぇ」

「嘘……」

「残念だが……あの状態で助かる確率は、ほぼ〇に近い。だから、キリ姉さんのためにも、お前は助からなきゃいけねぇんだ……。分かるよな? 小春」

 辛いのは自分も同じだと言わんばかりに、海李は顔を歪める。

「キリ姉さんは言ってたぜ……お前には、小春には、笑っていてほしいって」

「キリが……?」

「あぁ……。それとな小春、一つお前に言わなくちゃいけねぇことがある。光吉と咲人のことだが……あいつ等が今、異常なのは分かってるよな?」

 こくりと首を縦に振る。

「あいつ等は本当に狂ってる。何をするか俺にも分かかんねぇんだ……。下手したら小春、お前……殺されるかもしれねぇ……」

“殺される”という言葉に、小春は目を見開く。

「だから……」

 ふわりと、温かい感触と共に、小春の視界は真っ暗になった。そして数秒送れて、小春の脳は海李に抱き締められているということを理解する。

「小春は俺が守るから……今度こそ、絶対守ってやるから……っ!」

「かい……り?」

 首筋に落ちた生暖かいそれに驚いて、小春は海李を見上げる。

「海李……泣いてるの?」

「……んなわけあるか」

 そう言って本人は強がるが、小春にははっきりと見えた。悔しそうに噛み締められる唇、そして、海李の目から零れ落ちた、いくつかの涙を。

「……悪い」

 少ししてから、海李は弱々しい口調で言った。

「守ってやれなくて……」

「大丈夫だよ……海李は海李の思った通りに動けば良いんだよ。自分の思った通りに動いて良いの」

 一息すると、小春はそれに、と続けた。

「こうして今、一緒にいてくれているだけで、私は嬉しいよ」

 にこりと、天使のような笑みを浮かべる小春を見て、海李はよりいっそう強く、小春を抱き締めた。そして、

「小春、ここは危ねぇ。あともう少し行ったとこに、俺の死んだばあちゃんの家がある。そこへ行こう。あそこなら安全だ」

「うん……」

 光吉達の場所からこの場所までの距離は、そう遠くはない。ずっとここで隠れているよりかは、そっちに行った方が安全だと思った小春は、小さくうんと答えた。

 そして、その返事を聞いた海李は小春の手を強く握った。自分から離れないように。

 小春のもう片方の手に握られたコーンスープの缶は、もう冷めていた。





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