5話

 腕の中で静かに寝息を立てている小春を、そっとソファーに寝かせる。

 その幸せそうな寝顔に、キリは心を痛めた。

「せめて夢だけでも、幸せでいてくれよ……」

 ソファーで気持ち良さそうに寝ている小春に、優しくタオルを掛ける。

 小春は私が守る。キリはそう心に決めた。

 ただ、小春の笑顔を、守りたかったから。

 ──キリ! ねぇ聞いて。今日数学で三○点取ったんだ!

 ──ふっ……たかが数学ごときで三○点か。だが、小春にしては上出来だな。

 ──えへへっ、ご褒美くれる?

 ──かき氷をやる。

 ──やったあ!

 幼き日の記憶を辿る。

 あの頃の小春には、喜怒哀楽のうち、喜と楽しかなかった。

 なのに今は……。

 ──キリ! 助けて!

 ──嫌! 来ないで! 嫌い嫌い嫌い! 海李達なんか嫌い!

 ──うるさいよ。キリ姉さんに何が分かるの? 俺達の気持ちなんか何も知らないくせに!

「私には分からない……か」

 小春の横たわるソファーに腰を沈める。

「分からないよ……。私には、お前達の考えることが……」

 なぜ小春は、あんなにも怯えていたのか。

 それは光吉達が何かをしたのには間違いはない。だが、一体何をしたのか。

 なぜ光吉は、あんなにも焦っていたのか。まるで、何かを失うのを恐れていたようだった。

「一体何があったんだ……。お前達の間で」

 キリの疑問は、深まるばかりだった。

◆◆◆

「準備は出来た?」

「あぁ……」

「本当に、やるんだな」

 海李が小さく呟く。

「当たり前だよ。キリ姉さんには悪いけど、小春は俺達のだから。言うことを聞けない姉さんには、“お仕置き”をしないとね……」

 そう言って口元に人差し指を宛てる光吉は、悪魔にしか見えなかった。

「じゃあ行こうか。お姫様を迎えに……」





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