名前、名前、と、組頭の呼ぶ声が聞こえる。日課の鍛錬から戻ったばかりの俺は、急いで桶の水を頭の上でひっくり返し着替える。
名前ーいないのかーい?と聞こえたあたりで、先輩に見つかり背中をたたかれた。
「組頭が呼んでるぞ、早くしろ!」
「あいあい」
痛む背中に顔をしかめ装束を申し訳程度に羽織って組頭のところへ走る。
「組頭、お呼びですか」
「遅い。はいれ」
「失礼します」
部屋の中には珍しくまだ寝間着の組頭が布団の中にいた。
「どうしたんです?」
「うーん、どうも体が痛くてね。」
「大丈夫ですか?!」
「起きあがるのも辛い程度には大丈夫」
「全然大丈夫じゃないでしょそれ!」
俺が慌てているのに当の本人は呑気にお茶淹れてと要求してくる。
「ついでに尊奈門に薬を持ってくるよういってくれ。」
「いつもの店ですか?それなら俺が…」
「だめ。名前は私の看病だよ。」
「はぁ。」
台所へ湯飲みや急須を取りに行き、帰りに仕事場にいる尊奈門にその旨を伝えると、何だかんだ言いつつ組頭を慕う尊奈門はぶつぶつ言いながら出かけていった。
「組頭ー」
「お茶、早く」
「あいあい」
組頭の部屋へ戻ってお茶を淹れる。
「身体って、どこが痛いんですか」
「昨日動きすぎたのか膿んでたのがなんか大変なことになった。」
「…組頭、」
「はいはい、次は気をつけるよ」
日頃から無理しないでと進言しているのにちっとも聞いてくれない。俺たち部下が不甲斐ないからかと若干凹む。
「名前、起きるのを手伝って」
「痛いんでしょう」
「我慢するよ」
このままじゃお茶が飲みにくい。そう言う組頭の首裏に手を入れゆっくり抱き起こす。なんだこれ老人介護か。
「いたたたたた」
「我慢我慢」
「名前、今老人介護とか思ったね」
「…………。」
「ま、私が定年退職したら世話させるから予行演習だとでも思いなさい」
「なにそれ初耳。決定事項ですか」
「うん」
離したら倒れるよと訳の分からん脅しをかけてくる組頭に仕方なく胸を貸したまま湯飲みをわたす。
俺に寄りかかりながら茶を啜る組頭の服にはところどころ血がにじんでいた。
「組頭、服脱いで下さい」
「…………助平」
「それ分かって言ってますね。染みになりますよ。」
「はいはい、じゃあ脱がせて。」
まるっきりいたずらっ子の顔で組頭はほらほらと促す。思わずため息をついて、無造作に帯ひもを解くと「色気がないねぇ」と言われた。
「そんなものはなくて結構。はい腕抜いて。」
「いてて」
俺が何かするたびに面白がって組頭は痛がるふりをした。いてて、いてて。痛覚なんてもう大して機能してないくせに。
「お湯持ってきます」
脱がせた着物を庭に出したたらいの水に浸け、ぬるま湯を用意する。手ぬぐいと薬湯に漬けて乾かした特製の包帯も。
「組頭、包帯取りますよ」
「あぁ。………優しくしてね」
「またそういうことを………」
ニヤニヤしている組頭の身体から包帯をはがす。もう何度もしている行為で手際もだいぶ良くなった。比例して傷は治っていくので最初任された頃より簡単に包帯はとれる。
「ずいぶん良くなりましたね。」
「そうだね」
血や膿みを拭いて傷口を綺麗にする。
「名前」
「何です、か…」
呼ばれて視線をあげると切れ長の目と視線が絡む。思わず見つめ返すとゆっくり組頭の顔が近付いてきて唇が重なった。
「名前の看病のおかげだよ」
珍しくはにかんだ顔の組頭がそう呟く。
「………そりゃ…ど、も」
どんな顔してなんと返せと言うのか。気恥ずかしくて俺はそう答えるのが精一杯だった。