障子の向こうが白み始めてきた。
ずっと先生の手を握っていた俺はうたた寝から覚醒するとすぐ、先生の手を離す作業に入った。
痛いほどではないものの、先生の手はしっかり俺の手を握っている。起こさないようにそっと指を一本一本外していく。
俺と同じように、いや、俺よりはるかに刀を握る先生の手は、武骨で柔らかくないが俺の手よりずっと小さかった。
(…起きるなよ…)
音を立てずに立ち上がりゆっくり後退する。眉を寄せた先生は何か探すように握られていた手を動かす。
(やべっ)
俺は慌てて先生の部屋から飛び出した。…と言っても音を立てないようになので、普段よりだいぶのたのたしていたが。
縁側から飛び降りたら猛ダッシュ。
一直線に自室に飛び込んで同室の山崎を踏みそうになった。こいつが部屋で寝てるなんて珍しいな。
(…寝相悪。)
緩んだ顔で布団を腹あたりまでしかかけていない山崎。布団から生足がこんにちはしている。
さっきまで見ていた先生とは大違いだと思いながら布団を掛け直してやろうと手を伸ばした。
「…………ん…なまえ…?」
「わりぃ、起こしたか。」
だいじょうぶ、と言いながら寝起きのいい山崎は起きあがる。俺は手を持って行く先がなくなって、山崎の頭を撫でながらおはようと言った。
「…まぁた朝帰り?」
「いや、今日はいろいろ、な。」
「飽きないねぇ」
「うるせ。」
ふわぁと欠伸した山崎は顔洗いにいこうよと俺を誘う。まぁもう大して眠れないし、起きるか。
誰かが、僕の手を握っている。
いつもの夢が、違う
誰か…と暗闇へ向けて伸ばした手を、誰かが掴んだ。
ぎゅうと握られた手から温もりが僕を満たしていく。大丈夫、独りじゃないよ。と、誰かが僕の頭をなでてくれた。
あぁ、あぁ…!
誰だろう
誰だっていい
僕を受け入れてくれ…
僕を認めてくれ…
僕の、傍に………!
ふっと意識が浮上する。
朝の光が僕の目を覚まさせる。
(……だれ、だ…?)
霞む視界に映った誰かの背中。障子が閉められる間際、わずかに服の色が見える。
あれは誰だろう。隊士の誰かか?
この手に残る温もりは……
僕はゆっくりと起き上がる。
目覚めが何時になく良い。あの温もりのせいか?それとも夢がいつもと違ったから?
いや、どちらにせよ原因は僕の手を握っていたあの温もりにある。
(…………ひとりじゃ、ない…)
僕は無意識に握られていたであろう右手を胸に抱えた。心が温かい。不思議だ。
「おはようございます、伊東先生!」
「あぁ、おはよう」
朝礼ではいつも通りに振る舞う。しかし僕の目は気がつくと温もりの主を探してしまっていた。
(………誰だったんだ…。近藤君?沖田君?……まさか土方と言うことはありえん。)
じっと隊士たちを見ていると1人後ろの方でぼぉっとしている奴がいた。あれは…確か監査方の名字…。
奴は男前なのに突然変な顔をした。何事かと思ったが、どうやら欠伸を噛み殺したらしい。寝不足か…。
まさかあいつが?