短編(♂) | ナノ


冷徹で頭脳明晰。剣術も俺なんかよりずっと上のあの人の、意外な一面を見た。

野暮用で門限過ぎて裏口から帰った時。何やら声を聞いた。一時期騒ぎになった怪事件はすでに解決済みだから幽霊の類ではないだろう。何にせよ副長が怖がると不憫だから正体くらい暴いておくか。
そう思って声をたどる。隊舎の中…この部屋か?

「…失礼しますよ、っと。」

小声で呟いて障子を開ける。中には布団が敷いてあり、そこには…

「…伊東、先生?」

声の主の伊東先生が寝ていた。
何やら魘されているらしい。いつもの高圧的な瞳は固く閉じられていて眉間にしわが寄っている。
さすがに上官の部屋をいつまでも覗いているわけにもいかなくて障子を閉めようとした時だった。

「……いかな…でくれ…」

心臓が飛び出るかと思った。弱々しい声に驚いて動きを止める。起こしたか?
………………寝言か…。
しばらく停止していた俺は静かに息を吐いた。伊東先生が目を開ける気配はない。音を立てないように縁側から部屋へあがる。
伊東先生はいかないでくれ、と言った。あのプライドの高い先生が懇願?いったいどんな夢を見ているのか気にならない方がおかしいってもんだ。

「…だれ、か…………と…りに…」
「?」

悶えるように先生がこちらへ寝返りをうつ。

「……傍に…ぃて…」

はっきりしてはいないが、そう聞こえる。俺が思わず先生を凝視しているとこちらを向いていた先生が縋るようにゆっくりと手を伸ばした。

「ぼくを…ひとり、に…しないで…くれ…!」
「!!」

伸ばされた震える手と一緒に、先生の頬を一筋流れていくものがある。
俺は何故か胸が妙に苦しくなって、咄嗟に先生の手を握っていた。
心臓を鷲掴みにされたように苦しい。
先生の手は指先が酷く冷たかった。

「…大丈夫、あんたは独りじゃない。」

先生が起きないことを祈りながら俺は先生の耳元へ囁く。

「俺達はみんなあんたの傍にいるぜ。」

だから、大丈夫だ。
怖がりの子供に言い聞かせるようにいって、俺はあいている手で先生の猫毛な髪をなでた。
すると先生の手がきゅっと俺の手を握る。先生の眉間からしわが消え息も穏やかになってくる。どうやらもう大丈夫なようだ。

(………意外、だな)

今までただのぼんぼんだと思っていたのに。やはり何やら辛い過去持ちのようだ。

(俺、そういうの弱いんだよね…)

ふぅと息を吐く。当分先生ばかりに目がいってしまいそうだ。
しかしまぁ、まず問題は朝先生が目覚める前にどうやって抜け出すか、だな。




















昔から、嫌な夢を見た。
それは年を重ねるごとに頻繁になり、よりリアルで残酷さを増していく。

『あなたなんて生むんじゃなかった』
『死んでしまえばいいのに』

『この、ぼんぼんがよっ』
『てめぇなんか誰も受け入れちゃくれねぇよ!』

誰か、僕を認めてくれ
僕はこんなに努力してる
どうして誰も僕を見てくれないんだ
誰か、誰か!

『あなたにはついていけないわ』
『君は、誰にも理解できないよ』

みんな僕から離れていく
待ってくれ、僕のなにが悪い?
こんなに努力しているのに
頼む、いかないでくれ!

『あんた、独りがいいんだろ?』
『あんたを受け入れる奴なんていないさ』

違う、独りは嫌だ
寒い、寂しい、悲しい、辛い
誰か隣にいてくれ!
僕の傍にいてくれ!


暗闇の中に独り、取り残される恐怖
誰か、来て
僕に気付いて
僕に
僕の
僕を
僕へ



あぁ……お願いだ
僕を、独りにしないでくれ!




2011.06.12 修正


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