「名前さん!」
ある日の昼下がり。のんびりと部屋で書物を読んでいた俺の所にリクオが飛び込んできた。
「あぁ、どうした?」
あわあわと走ってきて敷居に躓いてダイブするリクオ。
「おっと。」
「わっ、ごめん…。」
「いや、それよりどうした?」
腕を伸ばしてリクオが畳とこんにちわをする前に受け止めた。
「ぜ、鴆君が!倒れてっ…!」
「…鴆が?あの馬鹿、今度は何をしようとしたんです?」
「何もしてないんだけど、最近調子が悪かったみたいなんだ。」
「…聞いてませんよそんな話。」
主治医である己に知らせないとは、何を考えているんだあの馬鹿は。
「鴆は今どこに?」
「あ、自分の部屋で寝てるよ。首無がついてくれてる。」
リクオを横抱きに抱き上げて廊下を歩く。真っ赤な顔で暴れるリクオは可愛いが、とりあえず今は鴆だな。
「入るぞ。」
リクオを抱いたまま鴆の部屋へ入ると、起き上がっていた鴆と手ぬぐいを絞っていた首無が物凄い勢いで噴き出した。
「わ、若っ!?」
「お、まえ何し…ぐふっ!!」
「わー!?鴆君!?」
鴆は噴きすぎて吐血までしてる。
「落着け馬鹿が。」
「いや、今のは名前殿が悪いですって…。」
鴆の背をさすりながら首無が呟くがとりあえず無視だ。リクオを下ろして鴆の布団へとしゃがむ。
「後は俺が見るよ。リクオも、心配しなくて良い。」
「て、てめ、呼び捨てに…「黙れ病人。」ぐはっ!」
煩い鴆を黙らせ2人を部屋から出す。お願いね、と笑いながらリクオと首無は廊下の向こうへ消えた。
「…さぁて、なんで俺に言わなかったのかな?」
「な、何のことでぃ…」
「鴆。」
「!!!???」
ばっしんと勢いよく鴆の首もとの布団へと手をつく。その衝撃と音に体を揺らした鴆は、おそるおそる俺を見上げた。
「最近体調が悪かったんだって?」
「いや、その…。」
「お前の体を診ているのは誰だ?」
「………あの、」
「誰だ?」
「名前、です」
にこりと笑いかけると鴆は涙目でそう答えた。
「じゃあなんで言わなかった?」
「………嫌だ、」
「は?」
「ぜったい、いわないっ…!」
「………。」
子供が。俺の『畏れ』に飲まれているくせに、涙も言葉も我慢しようとするとは。
「………鴆、」
「っ…」
「鴆、話せ。」
「…ぃ、やだっ」
「鴆。」
ぽろりと、鴆の目から雫が零れた。
「…泣くなよ。」
「泣いてねぇよっ…」
意地っ張りな鴆にため息をついてその体を抱き締める。背を撫でて落着けと囁くと、鴆は俺の袂をぎゅっとつかんだ。
「鴆、体弱いんだから無理すんな。すぐ俺に言えよ。」
「………言いづらかったんだ。」
「また最弱って言われるからか?」
「……それもある、けど…」
短く猫っ毛な髪を撫でてやると、鴆は気まずそうに口を開いた。
「…お前、最近リクオと仲が良いだろ。」
「…そりゃ、若だしなぁ。」
まったく何をごちゃごちゃ考えていたのかと思えば。
「若は大切だ。最近よく話もする。だけどな、」
俯く鴆の頬へ手を沿え目を合わせる。
「お前だって、大切だよ。だからちゃんと俺に言え。」
「……すまねぇ。」
「分かれば良い。」
ちゅっと音を立てて額にキスすると鴆は真っ赤になった。
「で、なんで体調悪いんだ?今は?」
「…わかんねぇ、胸のとこがむかむかしてたんだ。でも今はなんともない。」
「むかむか…?」
「あぁ。お前が見えないと特に酷い…。」
「……鴆、お前それ恋の病だろ。」
「……は?」
いや、俺もは?だけどね。
「俺がいないとむかむかするんだろ?俺の事好きすぎなんじゃない?」
「…………ば、ばっかじゃねぇのか?!」
俺の言葉を数秒かかって理解した鴆が真っ赤になって叫ぶ。
「大声出さないー。」
「あ、悪ぃ…って、お前が変な事言うからだろ!」
「ははは。じゃあ鴆の気分が悪くならないようにしばらくは鴆の傍にいようかな。」
「……ずっと、じゃなくてか?」
伏目がちにそう言って俺を見上げる鴆。
「鴆が望むならずっとでも。」
「…嘘つき。」
けっこう本気だが言っても信じてくれなそうなので代わりに強く抱き締めた。
…とりあえず、これで鴆の体調が悪くなることもなさそうだ。