愛していた。大切にしているつもりだった。
けれど彼は、
「私、好きな人が出来たんです。」
それだけでは足りなかったらしい。
「先輩ではない人を好きになってしまいました。」
私の好きな悪戯っぽい笑みで告げられた言葉に、私は心が冷えていくのが分かった。
「…おい名前。」
級友であり彼の委員会の先輩である小平太が私を呼ぶ。これで今日何度目か。
「しつこいなぁ小平太。何もないって言ったじゃないか。」
じと目で私を睨みつける小平太は後輩のことを心配しているのだ。
私と滝夜叉丸が別れて数日たった。
私が会わないようにしているから、彼と直接顔を合わせてはいない。
けれど話しに聞く彼は、遠目から見た彼は、とてもやつれているようだった。
「名前お前滝夜叉丸に何をした!!!」
滝と別れた翌日、小平太が私の部屋へと乗り込んできた。目を泣き腫らして落ち込む後輩に私たちの事を聞いたらしい。
その後ずっと私の後をついて回り「何故別れた」の連続攻撃だ。そろそろ私も我慢の限界である。
振り返り、慌てて止まる小平太へ笑いかける。
冷たい笑みだ。大切な人には決して向ける事の無い、私の仮面。
「滝が私以外の人を好きになったからだよ小平太。」
小平太の目が見開かれる。信じられないと言うようにその唇が動いた。
「…そんなこと、あるわけ…」
「滝の口から聞いたんだ。」
「………あいつの前でも、そんな風に笑ったのか。」
「…………どうだろう。よく覚えてないよ。」
そう言えば、そうかもしれない。
彼には見せた事の無い笑みだったかもしれない。
だって私は、ずっと彼を愛していたのだ。
「…今すぐ滝の所へ行け!」
「……こへい、」
「いいからすぐ行く!!!」
いけいけどんどん!の口癖と共に背中を殴られる。
お前は力が強いんだから、加減してくれないと骨が折れてしまうよ。
そんな文句の代わりにため息を一つついて歩き出す。
困った事に、彼の泣き声が聞こえる気がした。
「元気がないね。」
保健委員長である善法寺伊作先輩にそう声をかけられたのは、私が保健室の横を通りかかったとき
だった。
「聞いてるよ、名前と別れたそうだね。」
「っ!」
にっこりと微笑む先輩はどこか名前先輩に似ている。
「名前が好きじゃなくなった?」
先輩の言葉に首を振る。
「じゃあどうして?」
優しいけれど、逃がさないと私を見つめる瞳に逆らえるわけもない。
「……ふあんに、なったんです…」
思ったよりもか細くかすれた声が私の口から出た。
「不安に?あんなに甘やかされていたのに?」
「…だから、です。」
あぁと頷いた先輩は困ったように笑う。
「彼はね、大切なら大切なほど優しくなるんだよ。」
だから君は、誰より彼に愛されていたんだよ。と、先輩は言った。
(11.01.22 加筆)