短編(♂) | ナノ

優しい己の恋人は、本当に己を愛しているのだろうかと不安になる時がある。

「滝?どうしたんだい?」

私を腕に抱いて座っている名前先輩が優しく微笑む。
その笑みはずっと自分が憧れ慕い続けた笑み。しかし同時に、誰にでも向けられる彼の癖のような

笑みでもある。
数ヶ月前、自分から告白して付き合い始めた恋人であるが、砂糖より甘い恋人に不安は募るばかり

だ。

わたしのことはすきですか
わたしは、あなたのとくべつですか

そんなこと、自尊心の高い己の口から出るわけがない。
だから試すのだ。
時には冷たく、時には甘く、いつも我侭に、己の要求を彼にぶつける。
けれどすべてを優しい笑みで許されてしまうのだから、答えなどでるはずもない。

「先輩、」

今度も、そんな戯れだった。
ただただ気持ちを確かめたくて、稚拙な嘘をついた。

「私、好きな人が出来たんです。」

お前の恋人は私だろうと、抱き締めて欲しかった。
困ったように笑って、愛を囁いて欲しかった。

「先輩ではない人を好きになってしまいました。」

少しでも愛されていると思えれば良いだけだったのに。

「…滝、」

驚いたように私を見つめた先輩の瞳が、途端に濁ってゆく。
あぁ、その反応!やはり私は愛されている!
嬉しくて名前先輩、と呼んでその胸へ抱き着こうとした。
しかし私の背に回されていた腕が離れて行く。とん、と、先輩の膝から下ろされた。

「そうか。」
「……先輩…?」

先輩を仰ぎ見た私は、動けなくなった。
濁った感情のない瞳が、いつもの優しい笑みで私を見下ろしている。
そんな笑みは見た事がなかった。

「それは、残念だよ。」

冷たい声だ。聞いた事の無い、無機質な声。
私を離し立ち上がった先輩は部屋から出て行く。
私の我侭な言葉で怒らせてしまったのだろうか。
それとも本当に愛されてはいなかったのか。

「さようなら、滝夜叉丸。」

無常にも閉められた障子に、視界が歪む。ぼろぼろとこぼれる涙が止まらなくなる。


最後に呼ばれた名前に、拒絶された気がした。


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