短編(♂) | ナノ

「……これ?」
「はい。」

その日、夕食後に綾部が俺の部屋を訪れた。なんでも預かって欲しいものがあるのだそうだ。
可愛い生徒の頼み、と頷いたのは良かったが…。

「…猫、だよなぁ?」
「猫です。」

綾部の腕の中でにゃあと鳴き声を上げる猫。
綾部の掘った蛸壺に運悪く落ちてしまったのだそうだ。拾ってきたは良いが、長屋では飼えないの

でどうにかして欲しいと言う。
黒く綺麗なその猫は少し綾部に似ていると思う。

「…まぁかまわねぇけどさ。」
「よろしくお願いします。」

猫を受け取り軽く撫でてやると猫はごろごろと喉を鳴らし始めた。

「こいつ名前は?」
「特にはありません。」
「…じゃあ勝手につけても良いか?」
「はい。」

そうかと呟いて綾部の頭を片手で撫でる。
猫を拾ってくるとは、なかなか可愛いところがある。

「もう晩い。部屋に戻って寝なさい。」
「…おやすみなさい。」

ぺこりと軽く一礼した綾部は忍たま長屋の方へと歩いていった。

「…さて、俺たちも寝ようか。」
「にゃー。」

可愛らしく返事をする猫に笑いながら俺は布団へ入った。







それから数日。

綾部から預かった猫は八と名づけて俺が可愛がっている。(なぜ八なのかと言うと、綾部喜八郎が

拾ってきたからだ。)
今日は久々の休日。特に仕事も溜め込んでいない俺は長屋の廊下で八を膝に乗せてのんびりしてい

る。

「名前先生。」

そこに綾部がやってきた。
猫を撫でながら俺の隣に座る綾部を見る。

「よう。今日は休みだろ?」
「はい。猫の様子を見に来ました。」

「そうか。可愛いぞ。」
膝で寝ている八を示すと綾部は手を伸ばしてゆっくり八を撫ではじめた。

「………先生最近部屋にいること多いですね。」
「ん?まぁこいつがいるからな。」
「……。」

なぜか黙ってしまった綾部の顔を見ると、なんだかとても不機嫌そうだった。

「?綾部、どうした?」

具合でも悪いか?
そう聞こうと開いた口は、しかし音を立てることなく何かに塞がれていた。
温かく柔らかい感触。
………まさか、

「…あ、やべ…?」
「私も構ってください。」

いつもの無表情が少しだけ朱に染まっている。
突然の出来事に回転の狂った頭が出した結論は、「綾部可愛い」だった。

「…ごめんな?」

綾部が猫を抱き上げる。その綾部を俺が膝の上へと抱き上げる。

「先生。」

機嫌が直ったのかすりすりと俺の胸へ頬を寄せる綾部。うわ、抱きしめたい…。

「猫に焼き餅とは可愛いな綾部。なぁ八?」
「…八?」

俺の言葉にまんざらでもない顔をしていた綾部は、俺が呼んだ猫の名が気になったらしい。
じっと俺を見つめてくる。

「こいつ、八に決めたんだ。喜八郎が拾ってきたから単純に八。」
「……なんで、」
「だから、お前が拾って…」
「違います。」

ぴしゃりと遮られて俺は思わず綾部を抱いたまま首を傾げた。

「私の名前は呼んでくれないのに。」

どうして猫が八なんですか、と見つめられる。

「いや、深い意味はないが…」
「じゃあ私のことも名前で呼んでください。」

その「じゃあ」はどこにかかるんだ、と思うのだが綾部がじっと俺を見詰めてくるのでそれを口に

出すのは憚られた。

「………喜八郎。」
「!」

期待を含む純粋な双眸に勝てるはずもなく、俺は綾部の名前を呼んだ。
その途端嬉しそうに微笑む綾部が可愛い。

「先生、これからもそう呼んでくださいね?」
「あぁ。喜八郎。」

はい先生。なんて素直に返事する。綾部がそれはもう可愛くて、思わず抱きしめた。





名前を呼んで
(一応これでも教師と生徒。)
(あそこで綾部を襲わなかった自分を褒めてやりたい←)


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