短編(♂) | ナノ


それはまるで、鈍器で頭を唐突に殴られたような衝撃だった
目の前にある扉へと伸ばしかけていた手を止めて、マルコは踵を返した
本当はあの部屋の中にいるはずの名前に用事があったのだが、それどころではなくなってしまった
オヤジには悪いが、誰か他のやつを伝言役にしよう
そう思いながらマルコは、ふらふらと足を進めた
どこへ向かっているのかも分からないまま滲む視界で自分の足を睨みつける
耐えろ耐えろもう少しもう少しだけ
無意識のうちに伸ばした手はいつの間にかたどり着いた自室の扉を開く
ぱたん、と、音を立てて背後で扉が閉まる
その拍子に、今の今まで何とか耐えていた雫がぼたぼたと落ちていった

…さっき扉から聞こえてきたのは、確かに名前の声だった
同期で白ひげ海賊団の中でも一番付き合いが深くて、……想い人である名前の声を、聞き間違える訳が無い
――…マルコぉ…?…俺、あいつ苦手なんだよなぁ…――
いつもより少し低い、嫌そうな声色で聞こえてきたその言葉は確かに自分へと向けられた言葉だった
どうして、と声にならない言葉が漏れる
どうして今更そんなこと
だっていままであんなになかよく、それこそそういう仲なんじゃないかってうたがわれるくらい
それは、全部嘘だったのか?
顔が熱くて目頭が痛くてもう視界は歪みすぎて何も見えなかった
ぼたぼたと足に当たる涙を拭うこともできずにマルコはその場にしゃがみこんだ
胸が、痛い
息が、出来ない
ぐずぐずと、マルコは泣いた
声は出なかった
苦しくて苦しくて苦しくて
何度も頭の中で名前の声が蘇る
聞きたくないのに、消してしまいたいのに、名前の声は何度も聞きたくない言葉を繰り返した
好かれていると思っていた
自分の気持ちに応えてくれなくていい
ただ傍にいることさえ許してくれるなら
家族として仲間として好いてくれるならそれでいいと
家族として大切にされていると
そう、信じていたのに

――あいつ苦手なんだよなぁ――

こんなの、あまりにも酷い





コンコン、とノックされた扉に振り返ると、そこにはエースがいた
どうかしたのかと名前が問うと末っ子はオヤジが呼んでる、と言う
そして、マルコ来てるか?と

「マルコ?いや、ここにはきてねぇけど」
「…変だなー。オヤジ、マルコに伝言頼んだって言ってたんだけど」
「あー?なのになんでエースが?」
「いつんなっても名前がオヤジのとこ行かねーから、俺が呼んでこいって言われたんだよ!」
「怒るなよー。その伝言今初めて聞いたんだって」

ぷりぷりしているエースに謝って、目の前にあるチェス盤に向き直る

「わりぃ、ビスタ、そういう訳だ」
「あぁ、終いにするか」
「あーあ、けっこういい線いってたんだがなぁ」
「はは、残念だったな」
「くっそー、せっかく夕飯のおかずかけたのに」

そう言って片付けようとすると、夕飯にエースが反応した
食欲全開の顔で俺たちのところへ掛けてきて「俺がやる!」

「はー?エースチェス強いのか?」
「マルコに教えてもらった!」
「…あー、そりゃ、まぁ強そうだ、な?」

ワクワクと目を輝かせるエースにビスタも笑う

「いいぞ、エースが勝ったら一品エースにやろう」
「やった!」
「そのかわり、エースが負けたら名前のを貰うからな」
「は!?なぜ俺のを!」
「名前が途中退場するのが悪いんだろう」
「オヤジに呼ばれたんだから仕方ないだろ!」
「まぁエースが勝つよう祈ってろ」
「ぐっ、エース!絶対勝てよ!」
「おう!」

末っ子の返事を不安な気持ちで聞きながら、俺は諦めてオヤジの部屋へ向かうことにした
ほんと負けるなよエース……!




オヤジの話は、船の修繕に関してだった
俺はこれでも船大工の端くれで定期的に船のメンテナンスと修理を行っている
その為修理用の木材や釘を管理する立場でもあるのだ
次の島で材料の買い付けを任せる、というオヤジに俺は頷いた

「そういえば、オヤジはマルコに伝言役頼んだんだよな?」
「そのはずだったんだがなぁ」

責任感の強いマルコにしては珍しいことだ
何かあったのだろうかと心配になって、俺は要件だけ聞いて部屋を出た
さて、マルコはどこへ行ったのだろうか
とりあえずマルコの部屋へ行ってみようと歩き出したところで、廊下の掃除をしていた男が俺を見て声をあげた

「名前さん!」
「おー?」

突然何事かと思い彼に近づくと慌てて雑巾をバケツに放り込んだ彼は「マルコ隊長か変なんです!」と言い出した
タイムリーな話題にどうした、と聞くと、先ほど見たマルコの様子が明らかにおかしかったらしい
なんでも、ふらふらと俯いたまま歩いていたとか
しかも挨拶したのにまったく反応がなかったらしい
礼儀を重んじるマルコにはありえないことだ
たとえどれほど機嫌が悪くたって、あぁ、のひと言も返してやる筈なのに

「…確かに、変だ。」
「ですよね?!」

マルコ隊長…具合でも悪いのかな…
そう言って心配そうにしているので、俺は乱暴に彼の頭を撫でておいた

「ちょっとマルコ探してくるわ」
「あ、はいっ!さっき部屋の方に向かって歩いてました!」
「おー、さんきゅ」

ぴしりと敬礼する彼に海軍かと笑って、俺はマルコの部屋へと急いだ
今朝一緒に飯を食った時の様子はいつもと同じだったのに、急に体調でも悪くなったのどろうか
だとしたら早々に船医に診てもらうべきだろう
いやもう見てもらったのだろうか?
だんだんと心配が膨らんで知らず知らずのうちに歩みが速くなっていたらし
見えたマルコの部屋の扉を、少し乱暴に叩く
もし寝てたら悪いなと思ったがもう遅い
叩いてしまった後なので気にしないことにして、マルコ居るか?と声をかける
すると、思ったより近い位置でマルコの気配が動いた

「…マルコ?」
「っ」

どうやら扉の前にいるらしい
わずかに鼻をすする音がして、俺は慌てた
やっぱり体調が悪かったらしい!

「マルコ、大丈夫か?入るぞ?」
「っ、来んなよぃっ」
「!?」

聞こえてきたのは明らかな涙声で、それほどまでに体調がキツいのだろうか
だったらそんな所にいないでベッドへ入るべきだと思うのだがどうやらマルコは扉が開かないように押さえているらしい
鍵がかかるようになっているのに、その上押さえるなんて、そうまでして俺を中に入れたくないということか?

「マルコ?体調悪いんだろう?船医には診てもらったのか?」

できるだけ優しい声で、安心させるように言葉をかける
けれど、扉の向こうから聞こえてきたのは拒絶の言葉だった

「……ほんとは、俺の事なんて…っ」
「マルコ?」
「なんでそんな声で呼ぶんだよいっ……!」

悲痛な声に、思わず俺は眉を寄せた
なんだか、体調が悪いだけではなさそうだ

「…マルコ、もう一度だけ言う。開けて?」
「っ、…………やだ、」
「……わかった」
「…!!」

仕方ない、強硬手段に出よう

「マルコ、ちょっと扉から離れてろ」
「!?」

有無を言わせない口調で言って、扉へと体当たりをする俺
肩が嫌な音を立てるけど気にしない
もう一度、と身を引いたら、悲痛なマルコの制止の声と共に扉が開いた

「な、何してるんだよぃ!?怪我したら…!」

どうするんだ、と続けようとするマルコを俺は無理やり部屋い押し込めた
するりと扉の隙間から自分の体も部屋へ入れて、後ろ手に扉を閉める

「名前!?急に何っ……!!?!?!!!?」

そのまま、俺は非難の声を上げるマルコを抱きしめた
だって、あんな涙でぐちゃぐちゃになった顔を見て心動かされないわけ無いだろう?
それも、ずっと片思いしてる相手だぞ?
きゅうきゅうと締め付けられる胸と同じく、マルコの身体を強く抱きしめると腕の中でマルコの身体が強ばった
あーあ、本当はこんなことするつもりじゃなかったのに
今まで通り、大切な家族として傍にいられれば良かったのに

「……名前……?」

困惑したマルコが伺うように俺を呼ぶ
答えるように腕の力を強めると、耳元でなんでとつぶやく声が聞こえた

「…悪い、マルコの泣き顔が可愛くて」
「!?………う、そ」
「ほんとだよ。突然悪い。泣いてた理由、後で聞くから、もう少しだけ」

このままで
自分で思ったより情けない声が出た
そのことに内心苦笑していると耳元で、なんで、と聞こえた

「マルコ?」

なんで、どうして、だって、お前は…!
絞り出すような声は最後に「俺のことが嫌いなんだろ?」と言葉を紡いだ

「…は?!」

なんでそんな話になってるんだ
俺がマルコを嫌い?むしろ気持ち悪いくらい愛してるんだか!?
思わず抱きしめていた体を引き剥がしてマルコの顔を凝視してしまった
相変わらずぐちゃぐちゃな顔のままで、マルコは悲しそうに俺から目をそらす

「………さっき、聞いちまったんだよぃ」
「聞いたって、何を?」
「名前が、俺のこと……………に、苦手、だって、ゆ…のっ」
「!?」

またぼろぼろとマルコの瞳から涙が溢れだした
俺はそんなマルコを前にどうすることも出来ずにオロオロと両手を下げたり上げたり
とりあえず、マルコに言われたことを考えてみる
俺がマルコを苦手?
そんなことは思ったことがない
それどころか随分と長い間好いてきた相手なのだ
苦手なんて思ったこと………あ

「マルコ、それは誤解だ」
「……今更、気使わなくてもいいよぃ……そんなの…余計傷付くっ…」
「あーもー!ちゃんと聞けよマルコ!それはチェスの話だぞ!?」
「……え…?」

俺がそう言うと間抜けな声を出したマルコが俺を見つめる
疑うような、でもどこか期待を秘めた瞳を見つめ返して俺はさっきのビスタとの会話を再現する

「さっきまで、俺はビスタとチェスをしてたんだ」
「…なんで、そこに俺が関係あるんだよぃ…」
「いいから黙って聞いとけ」

俺は今日暇を持て余していて、とりあえず誰か捕まえてゲームでもしようとチェス盤を持っていた
そこにちょうど暇そうなビスタが来たからこれ幸いにとチェスに誘った訳だ
しかしビスタは、読書がしたかったらしい
だがまぁそこは昔からの仲だ
なぁチェスしよーぜーと我が儘でビスタを困らせていた俺はビスタにマルコを誘えばいいと言われて率直な意見を返したのだ
「マルコぉ…?…俺、あいつ苦手なんだよなぁ」

それをタイミング良くか悪くか、俺を呼びに来ていたマルコが聞いてしまったのだろう

「…はぁ…?」

ぐずっ、鼻をすすったマルコが訝しげに俺を見る

「俺、マルコにはチェスでまともに勝ったこと無いだろ?マルコのゲームメイク、苦手なんだわ」

もう誤解を産まないように、省略してあった言葉を足してもう一度、俺の言いたかったことをマルコに伝える
それを聞いて、少しだけ考える素振りを見せたマルコは、大きく目を見開いた
俺がマルコを嫌っている、という考えが、誤解だったと理解したようだ

「そ、へ、っっ!!」

そして真っ赤になるマルコの顔
あぁ勘違いしていた事に気付いて恥ずかしいんだろうなぁと思っていた俺は、その後直ぐに青ざめていくマルコの顔に眼をむいた
え、なんで顔青くしてんの??





名前に嫌われていると思ったのは、どうやら自分の勘違いだったらしい
その事実にマルコは心の底から安堵した
チェスのゲームメイクの話なんて、紛らわしい言い方をするなと腹も立つが勘違いしてしまった自分が悪い
とにかく、名前に嫌われてなくて良かった泣き損だったと名前の顔を見て見つめていたマルコは、己の犯した失態に気付いて急激に血の気が引いていくのを感じた
さっきまで熱かった目頭が、今は痛む
目の前がグラグラして、名前の顔が歪んだ
とっさに倒れないようにと床に手をつくが自然と息が荒くなっていく

名前の前で、泣いてしまった
それも、嫌われたと泣いてしまった
普通大の男が泣くか?
いくら仲間で大切な友人に嫌われているかもしれないと知ったって、こんな、前後不覚になるまで、子供みたいにしゃくり上げてまで、きっと泣かない
だからきっと、自分の気持ちは、想いは、名前バレてしまったはずだ
前々からそういう仲なんじゃないかと悪ふざけをする仲間たちを笑い飛ばしてきたのに、よりによって自分で暴露してしまった
名前の顔が見られない

そんな風に考えるマルコは、先ほどの名前の行動をすっかり忘れていた
可愛いと抱き締められてもう少しだけと強請られて、死んでしまうほど嬉しかったのに嫌われているという勘違いとバレてしまったという恐怖でそんな嬉しさはどこかへ吹っ飛んでしまっていた
だから、再び自分を包んだ温もりと力に心臓が止った

「…………………え、名前?」

いや、実際に止まってしまっては困るのだが本当に止まるくらい驚いたのだ
さっきと同じように抱きしめてくる名前の声が、熱い吐息とともにマルコを呼ぶ

「…マルコ、さぁ。俺は自惚れてもいいのかな」
「名前?」
「俺に嫌われたかもしれないって、泣くほど俺のこと好きでいてくれてるって思っていい?」
「!?」

ついに明確な言葉で己の心を言い当てられて、マルコは息を呑んだ
そしてやっと、先ほど抱き締められた腕の強さと耳元で聞こえた言葉を思い出す

「……………名前は、」
「んー?」
「名前は……俺のこと…どう思ってるんだよぃっ…?」

意を決して聞いたマルコの耳に届いたのは、機嫌のいい時に出る名前の笑い声だった

「俺は、マルコが好きだ。多分マルコと同じ意味で、マルコ以上に」

ぎゅうと力いっぱいマルコを抱きしめた名前は、確かな声でその言葉を告げた。

「愛してるよ」
「っっっ!!!!俺もだよい!」





「あれ、マルコ!体調悪いんじゃなかったのかよ?」
「あぁ、伝言役してくれたんだってな。悪かったなエース」
「別にいいけど…なんか嬉しそうだな?」
「まぁな。ちょっとオヤジんとこ行ってくる」
「ふーん?…あ、名前!」
「おう、エース。ビスタには勝てたか?」
「もっちろん!俺の戦略はマルコ仕込みだぜ?」
「よーしよしいい子だ!俺の夕飯守られた!」
「夕飯?」
「まぁいろいろあんだよ。それにしても…」
「「??」」
「マルコ仕込みってことは…エースにもそのうち勝てなくなりそうだなぁ…」






最後飽きてしまった…


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