短編(♂) | ナノ


「…ねぇ友雅さん」
「なんだい」
「3夜って、ぶっちゃけ簡単なんスか」

暇な昼下がり
藤姫の屋敷の通路に座った俺は、用事があって来ていた友雅さんに声をかけた

「…ぶっちゃけ、とは良く分からないが…」

そう言いつつ首を傾げた通りすがりの友雅さんは「簡単ではないよ」と一言残してあかねの部屋の方へ歩いて行った
残された俺は柱に寄りかかったままその後ろ姿をぼんやり眺める

(…やっぱ、入れてもらえなかったりすんのかな)

高校で習った知識を引っ張り出して考える
お互い顔を見ることもなくて3夜通ってやっと相手を拝める
そんで毎朝帰りには後朝の文とか書かなきゃいけなくて
家柄とかいろいろ考えるところもあって、俺たちの時代より大変なのかな
でも3日で夫婦ってすげぇ簡単な気もするけど
そんなどうでもいいことを考えていると頼久と稽古を始めるのか、木刀を担いだ天真がやって来た

「お、名前」
「よ。稽古か?」
「おう。…暇そうだな。名前もやるか?」
「いや、遠慮するわ」
「なんだよ。お前剣道部だったんだろ?」
「中学の時の話だろ」

頑張れと手を振るとつまらなそうに天真は庭の方へ出て行った
その後から同じく木刀を持った頼久がやってくる

「……名前」
「おう。稽古頑張れ」
「あぁ」

そう言いながらなぜか俺の方によってきた頼久が座っている俺を見下ろす

「?」
「名前はやらないのか?」
「何を?」
「稽古だ」

天真と同じこと言ってると思いながら俺は首を横に振る

「俺はいいよ」
「……そうか」
「なんか残念そうだな」
「…そんなことはない」
「うっそ。表情暗いぞ?」
「………生まれつきだ」

頼久がそんな冗談を言うので笑い飛ばしてやると、頼久の口元にも笑みが浮かぶ

「ほら、天真がしびれ切らすぞ」
「あぁ、そうだな」
「格好いい頼久見ててやるから」

そう言うとさっと頼久の顔が赤くなる
こういう反応が面白くてついからかいたくなるんだよな

「………行ってくる」
「おう」

ニヤニヤしながら頼久を見送って、また柱に寄りかかる
ここからだと稽古を始める二人がよく見えた

「名前」
「あれ、用事終わったんですか」
「あぁ」

あかねの部屋の方から友雅さんが戻ってきた
俺に声をかけて、あろうことか俺の隣に腰を下ろす
思わず驚きに凝視してしまうと色気たっぷりの笑みを向けられた

「……な、んですか」
「名前と話をしようと思ってね」
「はぁ…?」
「突然どうしたんだい?」

いやそれ俺のセリフ
なにがです?と聞くとさっきのだよと言われた
あぁ、3夜ってやつか

「いや、大した意味はないですけど」
「そうかい?それにしては深刻そうな顔だったのだけどね」
「……そ?」

真剣な顔、ねぇ
友雅さんから視線を外して庭を見る
別に真面目に気になったわけじゃない
ただちょっと思っただけで

「いや、不毛な恋をしちゃったからっすかねぇ」
「ほう……不毛な恋とは?」
「叶わぬ恋ですよ」

隣で一瞬息を飲む音がする
どうしたのかと視線を向けても、そこにいるのはいつも通り余裕の笑みの友雅さんだった

「………どこかのお姫様に恋煩いかな」
「残念。もっと無理な相手」
「…………」

誰だと視線が問いかけてくる
そんなの、答えられるわけがない

(あんたですよ、なんて、言えるわけないっしょ)

年上で男でフェミニスト
どこにも勝率なんて見えない
ほんと、不毛な恋をしたもんだよ

「……ゲイじゃないはずなんだけどなぁ」
「げい?」
「いえ、なんでも」

意味を求めてくる視線に曖昧に笑い返すと諦めたのか友雅さんは一つため息を吐く

「名前、百夜通いを知っているかい?」
「ん?………あぁ、深草少将でしたっけ」
「良く知っているね」
「まぁ、古典は割と好きなんで」
「古典?」
「気にしないでください」

ふうん、とどこか不満げな声を出しながら友雅さんが俺を覗き込む

「どんな難攻不落の相手でも百夜も通えば情が移るというものだよ」
「百夜通えって?」
「君にそれほどの情熱があるのならね」
「…百夜通うだけで成就するなら喜んで通いますよ」
「………………………ずいぶんと、執心の様だね」

俺の心でも読もうというのか、青緑色の綺麗な瞳が俺をまっすぐ射抜く
俺は決して心がばれないように曖昧に笑って目を閉じた




「…百夜通うだけで成就するなら喜んで通いますよ」

いつもより少し低い名前の声に、彼の本心を聞いた気がした
聞かなければよかっただろうか
それほどまでに想う相手が誰なのか、気になってしまって仕方がない

「………………………ずいぶんと、執心の様だね」

じっと名前の瞳を見つめると名前は曖昧に笑って目を閉じてしまった
その瞼の裏に誰を思い描くというのか
それを考えるとらしくもなく心が燻った

「…………そういえば」

とにかく彼の瞳に自分以外が映るのが癪になって話題を変える
本質的には変わっていないけれど、彼が私を見るならそれでいい

「頼久と仲がいいようだね」
「そうですか?」

また開かれた名前の双眸に私が映る
それだけで喜びを感じるとは、私もまだまだ…

「先ほども話をしていただろう?」
「………見てたんですか」
「あぁ。頼久の笑顔とは、なかなか珍しいものを見たよ」
「まぁあいつあんま笑わないっすもんね」

そう言っていつもの様子で名前が笑う

(………頼久の笑顔なんて本当はどうでもいいんだけどね)

廊下で見た光景が脳裏によみがえる
珍しい頼久の笑顔と意地悪そうな笑みの名前と赤くなる頼久
聞こえてきた会話はさして気に留める内容ではないものの二人の様子が気になってしまう
名前の叶わぬ恋の相手が誰なのか
まさか頼久じゃないだろうかと考えて胸が痛くなった

「…………名前」
「はい?」

頼久のことが好きなのかい

「………恋が、叶うといいね」

そんなこと聞けるわけもなく、私はそれだけ言って立ち上がる

「……どうも、っす」

一瞬だけ切なそうな表情をしてそれでも笑顔を見せた名前のその心が、自分以外の誰かで占められているなんて
私は久しく会っていなかった己の感情に深くため息を吐くしかなかった





玉の緒よ 絶えなば絶えね 長らえば






あまりに暇で天気が良かったので散歩に出たら、やられた

「……うっへー、びっしょりだ…」

さっきまで晴れていたはずなのにあっという間に空が黒くなって、藤姫の屋敷につく前にどしゃぶりの雨が降り出した
しかたないので近くの屋敷の軒下で雨宿りをしながら服の水を絞る
あー、着物もったいねぇ

「…………つか、ここどこなんだろうなぁ」

うす暗くなってしまった外を眺めながら門に寄りかかる
適当に散歩して慌てて走ったから正直今京のどのあたりにいるのか分からない
早く帰らないと藤姫が心配するだろうにと思いながら、どうする手立てもない

(…………やべー藤姫に怒られるな)

そんなことを考えながら雨は止まないか空を見上げる

(…あ)

やることもなくぼんやりと雨の止むのを待ってるいと視界の端に黒い何かが映った
なにかと視線を向けると…………牛車?

(…この屋敷の人か?…怒られっかな…)

そう思ってもどうにもならないのでとりあえず玄関からすこし避けたところに移動する
何か言われたら地図貰って帰ろうと思いながら牛車を眺める
案の条牛車は門の前で止まった
お付きの人が怪訝そうに俺を見る
軽く会釈して、雨宿りしてますアピールで空を眺めてみる
ちらりと俺を一瞥してお付きの人は牛車を開けた
そこから鮮やかな着物が現れる
見覚えのある色だなと思いながら見ていると降りてきたのは……

「………あ」
「…?」

思わず声が出てしまった
小さな声ではあったが十分聞こえる距離で

「……………名前?」

牛車から降りてきた友雅さんが、驚いた顔で俺を見た






「いや、本当すみません」
「いいえ、どうぞこちらでお待ちください」

俺が雨宿りしていた屋敷はなんの奇跡か友雅さんの屋敷だったらしい
着替えてくるら待っていなさいと案内されたのは友雅さんの自室
じゃあどこで着替えるんだとしょうもないことを考えながら俺はきょろきょろする
さすがというか広い

「………すまない、待たせたね」
「っと、こちらこそ…」

背後から聞こえた声に慌てて振り返ると、いつもより軽装の友雅さんがいた
ニコリといつもの笑みを受けべて俺の方へくる

「藤姫には使いを出しておいたからゆっくりしていくといい」
「うわ、こんな雨の中すみません」
「かまわないさ。それよりどうして私の家に?」
「散歩してたら雨降って、雨宿りを。まさか友雅さんの家とは思いませんでしたけど」

優雅な動きで俺の正面に座った友雅さんがふふっと笑う

「私はてっきり通ってくれたのかと思ったのだけれどね」
「…………百夜通いの話っすか」
「ふふ、残念だ」

……からかわれてんなぁと思いながら俺は笑顔を返した
こうやって遊ばれてるうちは絶対無理だよなぁ
いや、その前に俺が男っていう時点でアウトか

「百夜通いは夜部屋にでしょ?」
「そうだったね」
「……通ってもいいなら、今夜からでもお邪魔しますが…?」
「っっっ!!!??」

余裕の友雅さんを崩そうとちょっと仕返しをしたら、どういうことか効果覿面
さっきまで笑みを浮かべていた友雅さんの表情が一転して赤くなる
見たことのない、焦ったような表情だ

「……君が、そういう冗談を言うとは思わなかったよ」

何とか取り繕った笑みで視線を外す友雅さん
赤くなった頬が、エロい

「冗談じゃないですよ?友雅さんがいいなら、ね?」
「っ」

おいおい何言ってんの俺
そう思いながら友雅さんの様子を覗うと何やら眉を寄せている

「…………すみませっ!?」
「………………」

ふざけ過ぎたかと思い謝ったのに、言葉は途中で途切れて背中に走る衝撃
何事かと見上げた先には切なそうな友雅さんの顔が………

(…ち、近くね!?)

「………と、友雅さん?」

これ、俺友雅さんに押し倒されてないっすか
呼びかけてみても友雅さんから返事はない
怖いくらい真剣な瞳が俺を貫いている

「……………名前」

低い掠れた声が俺を呼ぶ
目の前で動いた唇がだんだんぼやけて、友雅さんの顔が近づいてくる
俺の唇に友雅さんの息がかかってやっと頭が働いた
キス、されそう

「…………っ、」

もう少し
俺がどうしたらいいか分からず友雅さんを見あげていると友雅さんが動きを止めた

「………避けないのかい?」
「………避けて欲しいんですか?」
「っ」

きゅっと形のいい眉を寄せた友雅さんの瞳が揺らぐ
あ、泣きそうと思ったら勝手に手が動いていた
友雅さんの頬を両手で包み、逃げられないようにする

「…いいの?」
「……………君は…意味が分かっているかい?」
「もちろん」
「……名前」
「……」

切ない声色で俺の名前を紡ぐその唇に、引き寄せられるように唇を重ねる
焦点が合わないくらい近くにいる友雅さんの双眸がゆっくり閉じられた
触れた唇が熱い
時間にすれば数秒のキスが、妙に長く感じた

「……友雅さん?」
「ん……」

重ねるだけで解放すると、潤んだ瞳と目があった
困ったように微笑む友雅さんを乗せたまま腹筋だけで起き上がる
俺の足を跨いで座る友雅さんの背中に腕を回すと友雅さんの香りに包まれた
ぎゅうと首に腕が回って、抱きつかれる

「……あーあ、超えちゃいましたね」
「…………なにを、だい?」
「一線」

首筋に擦りよる綺麗な髪を撫でると耳元で「……………後悔、してるのかい?」と泣きそうな囁きが落ちる

「まさか」

俺はそう返して、力いっぱい腕の中の身体を抱きしめた

「もう、逃がさないんで覚悟してくださいね」
「…もちろん、望むところだよ」
「…俺の、ですからね」
「あぁ。……離さないでおくれよ…?」
「頼まれたって」

離しません
そう囁いて、もう一度友雅さんにキスをした


忍ぶることの よわりもぞする


2014.6.11んに


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