「しょーお!」
廊下でちょこちょこ歩く帽子を見つけた。俺が声をかけると、帽子がくるっと振り向いて綺麗な水色の瞳が俺に向けられる。
「よ、名前!」
「ん、おつかれ!」
隣にはハルちゃん。その手にはお弁当包みと水筒。翔の手には購買の袋。
なるほど、これからお昼なわけか。
「これからお昼?」
「おう。名前もか?」
「うん、意中の子と一緒にね」
そう言うと一瞬きょとんとした翔が、大げさにため息を吐く。
「お前なぁ、そういう事は大声で言ったらダメだろ」
「そ?大丈夫だよ。片思いだし」
「そういう問題か…?」
俺としては翔の方が心配だけどなぁ
そう含みを持たせてハルちゃんを見ると、翔は気づいたのかさっと顔を赤くした。
「な、なんだよその目!」
「べっつにぃ〜?」
「ニヤニヤすんな!」
赤い顔で翔が袋を振り回す。
「翔はかわいいなぁ〜」
「だ、だれがかわいいだとコラぁ!」
ハルちゃんがわたわたする横で振り回されていた袋の底がぴっと音を立てる。
あ、と俺が気づいた時にはそこが抜けてパンがすっぽ抜けていた。
「!!!」
「お、おれの昼飯!」
翔の頭上から俺の頭上を飛び越そうとする翔の昼飯。俺は反射的に軽く跳びあがって、飛んでいくパンをキャッチした。
ひとつ、ふたつ。あ、ペットボトル逃がした!
「おっと?」
ペットボトルを追ってくるりと振り返ると、俺の背後にはレンがいて。
「ナーイスキャッチ、レン」
飛んで行ったペットボトルはレンの手に飛び込んでいた。
「わ、悪い名前!レン!大丈夫か?」
「はいよ、オチビちゃん。ペットボトルは飛ばすものじゃないよ」
ペットボトルロケットなら校庭でね、と茶目っ気たっぷりに言いながらレンが翔にペットボトルを返す。
「う、悪かったよ…」
「ほい、翔」
「サンキュ、名前!」
「うん」
お昼がなくならなくてよかったねと笑うと翔は満面の笑みでもう一度「サンキュな!」という。その隣でほっと息をつくハルちゃん。
「あ、引き止めてごめんね?どうぞごゆっくり逢瀬の時間を。」
「だっ、だからそういうんじゃねぇって言ってるだろ!」
「いてっ」
言うとまた赤くなる翔に笑ったら、勢いよくローキックを食らってしまった。
「翔は乱暴だなぁ…」
痛いよと翔の頭をなでると、少しだけ顔を歪めて、それでも蹴って悪いと思っているのか翔はふんと鼻を鳴らしただけだった。
いつもなら頭をなでるとぴーぴー怒るのに。
デレ翔ゴチです。
「じゃ、ね」
「おう」
「失礼しますね」
ぺこっと小さく会釈するハルちゃんとハルちゃんの手を引いて歩いていく翔を見送る。
「………俺は放置かい?」
「おっと、ごめん」
翔たちが廊下の角に消えたあたりで後ろから腕を引かれた。振り返るとそこにはレンの顔があって、僅かに不機嫌そうな色が見て取れる。
「お昼は買えたのかい?」
「おっけーおっけー」
「じゃあ戻るよ。イッチーが待ちくたびれる」
「ん、ごめんな」
レンに腕を引かれたまま俺はトキヤたちがいる教室へ戻る。
半歩前を歩くのは少し不機嫌そうなレン。そんなに待つのが嫌だったのかなぁと思いながら、俺はそっと気づかれないよう微笑んだ。
かわいい人(名前、遅かったですね)
(うん、待たせてごめん)
(こいつ途中でオチビさんに引っかかってたんだ)
(ちょっと油売っちゃった)
(……そういうのは人を待たせていない時にしてください)
(ん、今後気を付けるー)
((………反省の色が見えない))