長編 | ナノ


姫川くん


屋上の戸を開けて一歩踏み出したら
べきん、と、不吉な音がした。

足の下にある何か固いもの。そして近くに寝転んだ、名前。その顔はいつもと違い分厚い硝子が見当たらない。
どう考えても、自分が踏んだのは彼の眼鏡であろう。携帯を見ながら足下を見ずに歩いたことを盛大に後悔して、姫川竜也は頭を抱えた。

(……やべぇ)

まだすやすやと寝息をたてる名前。いつものように金で解決出来る甘い相手ではない。姫川は一年の時を思い出して顔を青ざめた。
このまま、逃げてしまえばいい。きっと名前は気付かない。
そう思って立ち上がってみるが、そう言えばこの友人は壊滅的に目が悪かったはず。
眼鏡眼鏡とさ迷って階段を踏み外す姿が容易に想像できた。喧嘩は恐ろしいほど強いくせにいろいろ抜けているヤツなのだ。
仕方なく姫川は素直に謝ることを決めて、名前が起きるのを眼鏡の破片を集めながら待つことにした。





そして数時間後。
空もずいぶん色を変え、肌寒くなってきた。しかし名前は起きない。
なんどか抜けてコンビニなどに行ってきたが、名前が起きた様子はなかった。

「…名前、」

いい加減起きないと冷え始めたコンクリートは体に悪い。不良と呼ばれつつも中身は人並みに良心的なので、姫川は未だ熟睡する名前の体を揺すった。

「…おい、もう日が暮れんぞ」
「……ん…」

おい、と何度か声をかけると、やっと名前が反応を返した。震えた瞼が持ち上がり、その奥から焦点の定まらない瞳が姿を見せる。
数回瞬きすると瞳に光が戻ってくる。そしてぱたぱたと手で近くにあるはずの眼鏡を探し出した。

「……あれー?」
「……わりぃ。」
「…その声、姫ちゃん?」

なんと謝ればいいか思い付かず、姫川はフレームだけになった眼鏡を名前に返した。それをかけておやと首を傾げる名前。

「俺が踏んづけて割っちまった」
「…ありゃりゃ」
「…悪い。弁償するから」
「いや、まぁ弁償はどっちでもいいけど…」

てっきり怒られると思っていた姫川はあっさりした名前の言葉に拍子抜けした。寝ぼけているのだろうかとまじまじと見つめると、見えないはずなのに意図を読んだ名前が「別に寝ぼけてないよ」と笑う。

「足下置いた俺が悪いし。」

嫌味のない声と口調だったが姫川を責めるには十分だった。もう一度「すまねぇ」と素直に謝る姫川。

「うん、じゃあちょっと頼みごと。」
「なんだ?」
「俺を家まで送って?」
「…………元からそのつもりだ。」
「おー。」

おっとこまえ!と囃す名前に顔をゆがめた姫川だったがまぁ今日は自分に非があるので何も言わないでおいた。

「で、いつごろ割ったの?」
「………………昼前。」
「え、まじ?じゃあずっと屋上に?」
「……お前がなかなかおきねぇから仕方なく、な。」
「うわごめん!」

そう言いながら申し訳なさそうに笑う名前。視線がいまいち交わらない。本当に全然見えねぇんだなと思いながら枕にされていた名前の鞄を持つ。

「ほら、帰るぜ。」
「ん。ちょっと動かないでね。」
「?」

そう言うと名前は目を細め何かを睨む。そしておりゃっと急に手を伸ばして姫川の手をつかんだ。

「あ、これ手?当たった?」
「……ほんっっっとうに見えてねぇんだな…。」
「うん、かなり目ぇ悪いからねー。まじ転ぶから悪いけどこれでよろしく?」
「…しょーがないな。」

きゅっと握られた己の手に、姫川は名前が目が悪くて助かったと思った。
こんな赤い顔を見られるのは耐えられそうにない。


「…帰るか。」
「ん、よろしく!」


 


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