い
実習から帰ると学園にいたのは知らない女性だった。
明るく可愛らしい笑顔。学園中を虜にした彼女は、俺の級友から大切な人を奪っていった。
「…名前、」
「…?どうした兵助?」
廊下で隣を歩く名前に声をかけると、にっこりと笑みが返された。
感情のない、作り物の顔。
少し前まで表情豊かだった友人は、先日の一件を境に能面のようになってしまった。
「お前無理しない方が…」
正直信じられない話だった。
端から見ていてうんざりするくらい甘い恋人同士だったのに。
「…やだなぁ兵助。」
無理なんてしてないよ。そう言って笑う名前の顔はやっぱり作り物だった。
「…あ…」
廊下の向こうから楽しそうな笑い声が聞こえる。複数の足音がして、あの女が現れた。
その周りには幸せそうな六年生達がいる。もちろん、名前の元恋人も。
「こんにちはっ!」
ぞろぞろとうっとおしい集団の中心で女が笑っている。その隣で彼女の手を握る立花先輩は、名前を見ようともしない。
彼女の言葉に返事をしなかった俺たちを、何人かが睨んでいく。
睨みたいのはこっちの方だ!
「…兵助、」
彼らの背を睨んでいた俺の肩に名前の手が乗る。
「行こう兵助。」
抑揚のない声。
悲しくないのか。悔しくないのか。
そういいかけた言葉は、声にならずに消えた。
「授業、遅れるよ。」
俺はその時、名前の笑顔が泣き顔だと知った。
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