長編 | ナノ


六晩目


「すまない文次郎、今日は部屋に戻って欲しいんだ。」
「…は?」

夕餉の後、突然告げられた名前の言葉に俺は間抜けな声を漏らした。
昨夜までは一緒に寝ていたのに?
何故だと視線で問うと、困ったような名前と目が合う。

「学園長先生に届け物を頼まれて、今夜は出かけなければいけなくなってしまった。」

ごめんね、と言って緩く頭を撫でられる。
俺は頬が赤くなるのを自覚して俯いた。

「……そうか。」

突然部屋に戻れと言われて驚いたが、そういうことなら仕方ない。

「…すぐ出るのか?」
「あぁ、もうそろそろね。」

食堂から名前の部屋へと向かう廊下。
きっと部屋へ戻って仕度をしたらすぐ出かけるのだろう。

「気をつけてな。」
「ありがとう。文次朗もちゃんと寝るんだよ?」
「…分かっている。」
「…………文次郎、」

六年長屋の方まで来て、きょろきょろと周りを確認した名前が俺を呼ぶ。
なんだと答えようとしたのだが、俺の喉から音は出なかった。

「っ!?」

突然名前に抱きしめられたからだ。
名前の腕が俺の腰へと回り、肩口へ伏せられた名前の息が首をくすぐる。

「ぁ、名前…?」

驚きと羞恥と喜びで俺は固まっていた。
情けない声に名前が笑う気配がする。

「…突然ごめん、」

ゆっくりと俺をはなした名前は照れくさそうに笑っている。

「今日は文次朗と一緒に寝られないかさ。」

そんなことを言われ、ときめかないわけが無い。
仙蔵に知れたら気持ち悪いと切り捨てられるだろうが。

「あ、じゃあそろそろ行くよ。」

とたとたと誰か近づいてくる足音に名前は赤い顔でそう言うと、部屋へと行ってしまう。

「行ってきます。」
「あぁ。」

名前を見送って、俺も自分の部屋へと戻る。
最初は俺のことが嫌になったのかなどとも思ったが、そうではなくて良かった。
名前に嫌われていないことが嬉しくて上機嫌に部屋の障子を開ける。
今夜は大人しく明日の予習でもしよう。

「あぁ、今日はこっちなのか。」

部屋には仙蔵がいて、自分の文机に向かっていた。

「名前が出かけるっていうからな。」

なるほど、と気の無い声で返しながら仙蔵は筆を走らせている。
しかしぴたりとその手を止め、にやにやと笑いながら俺を振り返った。

「そういえば、見たぞ。」
「……何をだ?」

意味が分からず聞き返せば「お前も隅に置けんな。」と笑われた。
……まさか…!

「さっきの…っ」
「あぁ。ばっちり見たぞ。」

良かったじゃないか、相思相愛だぞ。と意地悪く仙蔵が続けるので近くにあった算盤を投げる。

「てめぇ!覗いてんじゃねぇ!」
「あんなところでするお前たちが悪いんだろう?」

軽く算盤をかわしながら仙蔵は変わらずにやにやしている。

「〜〜〜!!!もう寝る!!!」

あまりの居たたまれなさにそう叫んで布団を引きずり出し飛び込んだ。
久々に入る自分の布団は、なんだか違和感があった。

「照れるな照れるな。珍しい文次朗は可笑しかったがな。」
「やかましいわ!」

まだ言うので布団から手を出し適当に触れた物を投げつける。
重さと手触りからして本か何かだ。

「そういうものを投げるな馬鹿者。」

ごすっと仙蔵に蹴り返され、もう反撃はしないことにした。
布団の中に焙烙火矢でも入れられたらたまったものじゃない。

「おやすみ文次郎。大人しく寝ろよ。」
「…うるせぇ。」

笑いながら仙蔵も布団へはいったようだ。
少しして灯りが消える。
自分の匂いしかしない布団の中できつく目を閉じるが、眠気はまったく無かった。

(………寝られない…。)

寝よう寝ようと思っていても、睡魔が襲ってくる気配は無い。

(……名前、)

優しい笑顔と暖かい腕を思い出す。
…あぁ、早く帰って来てくれ!


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