一晩目
「潮江文次郎。」
「なんだ、立花仙蔵。」
ある夜、いつものように夜の鍛錬へと行こうとしていた文次郎を、仙蔵が呼びとめた。
「今日から次の任務が終わるまで終わるまで、夜の鍛錬を禁ずる!」
「……はぁ?!」
そして自分を指差しそう宣言した仙蔵に、文次郎はものすごく不満そうな声を上げた。
「そんな隈のあるまま女装する気か!」
女装をなめるなっ!!と仙蔵に怒鳴られ、顔を顰めながらも言い返せない文次郎はさっさと逃げようとまた歩き出した。
確かに次の任務では女装が必須だが、正直嫌だった。変装はあまり好きではないし、何より女装など己には似合わないからだ。
「あれ?どこ行くんだい文次郎。」
「…名前か。鍛錬だ。ギンギンにな!」
そこへ同じ組の名前が現れた。いつもの軟らかい笑みの名前に、文次郎は嬉しそうに答える。
実は、同姓でありながら名前は文次郎の密かな想い人であった。
「今夜から鍛錬は無しなんだよね。」
「…………お前まで何言って…」
「私が名前に頼んだんだ。お前は私が言っても聞かないだろうからな。」
そして今回の件、それを知っている仙蔵が企てたことである。
「そう言う事。しばらくは文次郎と一緒に寝るから。」
「…は?」
「頼んだぞ名前。」
「うん、お休み仙蔵。」
「ちょ、おいこら!離さんかバカタレ!」
喚く文次郎の腕を掴んだ名前はその容貌に似合わぬ怪力で引っ張っていく。
そんな二人を見送って、今夜は静かに寝られそうだと仙蔵は満足そうに笑った。
「離せ名前!」
「文次郎、静かに、ね?」
腕を掴まれたまま名前の部屋へと連れてこられた文次郎は未だに抵抗していた。
「はい寝間着。着替えて寝よう。明日も早いし。」
「だから俺は鍛錬に行くんだと…!」
「文次郎、着替えさせて欲しいの?」
言ってるだろ!と続くはずだった文次郎の言葉は、名前の笑みと言葉に遮られた。
にっこりと、それでいて有無を許さぬ名前の笑みに文次郎はおずおずと着替え始めた。
「ん、いい子。」
よしよしと文次郎の頭を撫でた名前の手が優しくその髪紐を解いた。
自分もさっさと寝間着に着替えた名前が、一組しかない布団へ文次郎を押し込みその隣へ入る
。
「なっ!?一緒に寝るのか?!」
「うん?さっきそう言ったじゃん。」
名前は、バカタレ!と言いながら暴れる文次郎を布団から出ないように抱きしめる。
「お、おい名前!」
「文次郎初心すぎ。」
苦笑した名前の両腕は文次郎の背中に回っていて逃げられそうに無い。
赤い顔で固まる文次郎に、名前は笑ってその耳に囁いた。
「大人しく寝たら離してあげる。」
「っ!分かった!寝る!寝るから離せ…!」
だんだん小さくなる文次郎の声に名前が腕の力を緩めても、身じろぎして体を離すだけで文次
郎は名前の腕を枕にしたまま布団から出ようとはしなかった。
「ふふ、いい子だね文次郎。おやすみ。」
「………おやすみ。」
名前の声のせいか温もりのせいか、襲い来る眠気に勝て無くなった文次郎はゆっくり目を閉じた。
それを見て満足そうに微笑んだ名前も、枕もとの灯りを消して目を閉じた。
2011.09.30 加筆修正
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