長編 | ナノ


10


彼らが、小人たちが、この家から出ていこうとしていることを知ったのは、俺が小さな2人を助けてから数日後の事だった。
1日を終えて、布団の中で本を読んでいた俺のところに、なんとあの助けた小人2人がやってきたのだ。

「あ、あのっ」

ふるえる小さな声に顔を上げると、箪笥の角から顔を出している小さな2人組。

「こんばんは。」

怖がらせてはいけないと笑顔で小さく声をかけると、2人も同じように返してくれた。

「「こ、こんばんは!」」

本を閉じて枕元に置く。

「こんな時間にどうしたの?」
「あ、僕たち、助けてもらったお礼を言いに来たんです。」
「危ないところを助けてくれて、」
「「どうもありがとうございました」」

ぺこりとお辞儀をする2人。微笑ましい。

「どういたしまして。」

おいで、と手招きするとおずおずと寄って来た2人が本の上に座る。

「僕たち、もうこのお家には居られないから…」
「うん…」
「居られない?それって…」

どうして、と言いかけたとき、首に鋭い痛みが走った。

「い゛っっ!?」

何事かと振り返ると視界の端を何かがすり抜けていった。

「わっ、せんぱい?!」
「何してるんだお前たち!」
「だってぇ」

慌てて本のところを見ると、箪笥の角の方へ小さな影が飛び込むところだった。
きっとあの時柱の陰にいた小人たちだろう。

「危険だから近づくなと言っただろう!」
「で、でもっ」
「僕たちを助けてくれたんですよ?」

おやおや、何か言い争いになっているようだ。
その内容はどうやら彼らが俺に近づいたという事らしい。
俺はその話が終わるのを待つ。
彼らに、聞かなければいけないことがある。

「…………話、終わった?」
「!!」

ひと段落ついたところで俺が声をかけると、二人を叱っていた少年がぎっと俺を睨んだ。

「…なぁ、この家にいられないって、俺が見てしまったから?」
「……………そうだ、人間に見つかったら速やかに住処を変えなければいけないんだ」

固い声に、俺は微笑む。

「じゃあ、俺は何も見なかった。それじゃダメかな?」
「………何を言っているんだ。いい訳が…」
「見つかったから引っ越すんだろう?じゃあ見つからなかったことにしよう。俺は何も見ていないし、何も知らない。ね?」

じっと探るように俺を見つめる彼の後ろで心配そうに2人が俺たちを見ている。
そのうち人影が動いたなと思ったら、もう一人、彼と同じ格好をした男の子が影から現れた。

「…仙蔵、人間と何してんだ!」
「………文次郎、この男が訳の分からないことを言うのでな…」
「ま、一度見られたんだ、もう何度見られたって同じことだよな!」
「同じな訳あるか馬鹿小平太!」

と、今度は頭の上からそんな声が聞こえてきた。
そしてどこから垂れ下がってきたのか、一本の糸をつたってするすると二人の少年が下りてくる。
おお、ずいぶんと人数がいるらしい。

「話は聞かせてもらったぞ仙蔵!」
「見なかったことにするなんて、そんな口車に乗ると思うか」

そう言って降りてきた2人は好戦的な目で俺を見上げてくる。
俺はうつぶせのまま枕の上で組んだ腕に顎を乗せて彼らを観察した。

「人間は危険だ。俺たちの存在が知られれば捕まえられて、見世物にされる」
「そう言われて育ったの?」
「………事実だろう」

警戒の色が濃くなる彼らに、俺は軽い調子で笑って見せる。

「…何がおかしい」
「……あのね、今まで姿を隠してきた君たちに言うのはちょっと悪い気もするけど………知ってたよ」
「……………なに、」

俺の言葉に、その場にいた全員が目を見開く。
俺はもう一度「君たちの存在を、俺は知っていたよ」とゆっくり告げる。

「…まさか、そんな」
「嘘じゃなよ。じいちゃんもばあちゃんも、多分そのまたじいちゃんたちも、知ってた」
「嘘だ!俺たちを油断させるためのっ」
「嘘じゃないって。俺ね、小さいころに庭で君たちを見たことがあるよ。」

そういうとまた彼らは大きく目を見開いた。

「あ、君たちかはわからないけど、小さい子が庭にいたんだ。大きな花弁をかぶって遊んでいて、親指姫みたいだなって思ったの、良く覚えてる」
「……じゃあ、今まで知って…」
「全部ばれてたって言うのか」
「この前の雨の日に、はっきり見るまでは俺もおとぎ話みたいだなとは思ってたけどね」
「っ」
「でも、小さいころから小人の存在を信じてたのはほんと。じいちゃんにもうちには小人って言う妖精さんがいるんだよって教えられてた」

だから、久しぶりにこの家に帰ってきたとき、奥の部屋に行くのはやめておいたでしょう?
そういうと、何人かが顔を見合わせた。
どうやら心当たりがあるらしい。

「……あれは、俺たちを気遣ったって言うのか」
「気遣ったって言うか、じいちゃんが人間には見られたくないらしいって言ってたから」
「…あのじいさん、どこまで知ってたんだ」
「さぁ?でも俺、奥の部屋の床下は覗いちゃいけないって言われてたよ」
「!!!俺たちの家がある場所だ」
「ばかもの、人間の前で!」
「………もうばれてるんだ、今さらだろ」

ざわざわする彼らに、俺は出来る限り優しい声で気持ちを伝える。

「…俺は、君たちを捕まえるつもりも、見世物にするつもりもないよ。ただ、じいちゃんが大切にしていた同居人だから、出て行ってほしくないんだ」
「!!」
「それに、小人は俺の夢でもあった。だから、どうか引っ越しを考え直してくれないかな」

そう、じいちゃんが大切にしていた理由の一つが小人なんだ。
じいちゃんも小さい頃見たことがあるって。不思議な、夢みたいな話だけどそれをずっと大切にしてきて、ばあちゃんともよく会ってみたいなって話したんだって言ってた。
だから俺は、小人のいるこの家が好きなんだ。
じいちゃんとばあちゃんの大切な思い出には、小人の話がたくさん含まれている。

「………それは、私たちが決めることじゃない」
「仙蔵!」
「文次郎…ここまで来たら、隠し通せないだろう」
「そうだな!私もこの家は気に入ってるんだ。出て行かなくて済むならそっちの方がいい!」
「よし、学園長先生に相談してみよう」

おや、なにやら話がまとまったらしい。
俺が首をかしげていると、仙蔵と呼ばれた最初に出てきた少年がこちらを見る。

「……そちらの言い分は分かった。我々は長に相談しようと思う。結論が出るまで、待ってもらえないだろうか」
「……待つも何も、俺は何もするつもりはないよ。どうか、俺にとって良い結論が出ることを祈ってる」
「…………そうか」

すまない、と小さな声が聞こえて、1人2人と暗闇に消えていく。
ちいさな二人が遠慮気味に手を振っているので、俺も小さく手を振り返してみた。

「「…おやすみなさぁい」」
「うん、おやすみ」

可愛らしい声で告げられた別れの挨拶に同じ言葉を返しす。
俺は彼らが全員見えなくなったのを確認して、枕元の電気を消した。
読んでいた本はまた今度でいいだろう。
おとぎ話の本よりももっと素敵な出来事が、今この場で起きていたのだから。



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