長編 | ナノ


1


鼻をつく鉄の臭い。
俺を凝視する何組もの目。

「…………失礼しました。」

思わずバタンと戸を閉めてしまった。






俺は友人他。独り暮しのしがない大学生だ。
今日は、というか今日も友人で同じ大学の名前の家に泊まりに来た。
名前もいつもの事だから俺に鍵を預けて車を車庫に入れているところだ。
…さて、じゃあ何故戸を開けて中に入らないかというと…

「他?何してるんだ?」
「!名前!」

車から買い物袋を持って名前が来た。あ、ちなみに名前も独り暮しだ。

「なんで中入らねぇの?」

鍵渡しただろ。と言われ俺は情けない顔で笑った。

「…開けたには開けたんだけど…。」
「…なに?」

不審そうに眉を寄せた名前が玄関の戸に手を伸ばしたので俺は一歩退って場所を空けた。

がちゃっ

「………………。」

がちゃん。

やっぱり無言で戸を閉めた名前。

「…な、なにがいた?」
「……血みどろな着物の危ない人。」

眉間に皺を寄せている名前は大きなため息をつくと、意を決したように戸を睨み付けてまた手を伸ばした。

「…警察呼んだ方が良くない?」

「てか、家の住人が帰ってきたのに逃げないとかオカシイでしょ。」

なにか訳ありかも、と呟いた名前が戸を開いた。

………………。

「………やっぱいる。」

そこには、血で黒ずんだ着物の恐い目付きの人が日本刀構えて立っていた。

「……テメェ、何者だ?」

ヤクザみたいなその人は玄関へ足を踏み入れた名前に容赦なく刀を突きつける。

「そりゃこっちの台詞ですよ。」

そんな男に怯むこと無く、無表情を保ったまま名前は歩みを進める。
名前が一歩進むと男が一歩後ずさる。

「………名前、」
「他、入って鍵かけて。」

ついに靴を脱ぎ廊下へ上がった名前。
俺は慌てて言われた通り玄関の鍵を閉めた。
と、視界の端で後ずさる男の後ろの戸が開いた。

「!!名前!」

そこから黒い何かが飛び出して名前の背後をとる。

「!?」

俺の声に反射的にペンを構えた名前が裏拳の要領で腕を振り上げる。

「っ!?」

ペンは、名前の背後に立った男の首筋すれすれで止まっていた。

「………名前、」

その代わり、名前の首もとにもなにか鈍く光るものが突き付けられていた。

「…大丈夫だ。」
「でも…」

俺に目だけで静止を促した名前は、男二人を交互に見やる。

「…さて、なんで人の家に、しかもそんな格好でいるのか教えてもらいましょうか。」

ぎらりと二人を睨み付ける名前。二人はその気迫に圧されてか半歩退いた。

「………それから、血塗れな理由も…「か、片倉どのっ!!」………誰。」

名前の言葉を遮って、リビングから赤い鉢巻きした青年が飛び出てきた。
なんだか酷く焦った様子で、名前と俺を見つけてさらに混乱したみたいだ。

「そ、そちらのかたは…?」
「この家の主ですが。」
「なんと!某は真田幸村と申す!勝手にお邪魔してしまい申し訳ない!」

元気よく名乗って名前を見上げる青年が、ふと犬のように見えたのは俺の気のせいだろうか…。

「…それより、俺を呼びに来たんじゃねぇのか?」

ヤクザな男は、何かあったのかと犬…真田に尋ねる。

「!そうであった!片倉殿、政宗殿がお倒れに…!」
「なんだと!?」

その言葉を聞いた途端、ヤクザな男は翔ぶようにリビングへ入っていった。
その必死さに引かれるように名前もリビングへ入っていく。
俺も目の前の赤髪の男を押し退けてリビングへ行った。

「政宗様!」
「……おいおい、冗談だろ…。」
「…ふ、増えた…」

リビングにはさっきの3人以外に、まだ4人いた。
しかもそのうちの1人は真っ青な顔で倒れていて、絨毯が真っ赤に染まっている。

「政宗様…!」

倒れている男に駆け寄ったヤクザな男も、だんだん表情が青ざめてくる。危険な状態だと悟ったらしい。

「退け!!」

そんな男を蹴飛ばすようにして名前は倒れている男の鎧のような物を外し始めた。

「テメェ政宗様になにをっ…!」
「止血だ。このままじゃ確実に死ぬぞ、こいつ。」

いきり立つ男になど目もくれず、名前は男の服をずらし傷口を見つけた。

「…刀傷、だな。向こうのソファーに運ぶから、手伝って。」

男の左腹に15センチ程度の切り傷があった。そんなに深くは無いようだが、出血の量はハンパない。
手伝って。と言いながらも軽々と男を抱き上げた名前はソファーにゆっくりと寝かせた。

「他、バスタオル何枚か持ってきて。それとアキ先生に連絡。」

「了解!」

指示と共に投げられた携帯から『アキ先生』の文字を見つけコールする。もちろん、バスタオルを取りに二階へ駆け上がりながら。
バスタオルを持って戻る途中、誰かの気配を感じたが今はそれどころじゃない。

「名前!持ってきた!」
「サンキュ。先生は?」

リビングではソファーに寝かされた男を全員が囲み、名前が応急措置をするのを見ていた。(…1人は倒れている男を見てだけど。)

「10分あれば、って。」
「…まぁまぁだな。」

手際良くタオルで止血する名前。
もちろんすぐに血は止まった。

「…とりあえずこれで大丈夫だろ。あとは先生が来てからだ。」
「…政宗様…」

床に膝をつき、ヤクザな男は心配そうに寝ている男を見ている。
…にしても、真田幸村に政宗様って…

「さて、他に怪我してる奴いるか?」

名前の声にふっと思考が切り替わる。そうだ、他に怪我してる人がいるなら手当てをしなければ。

「某はなんともござらん。」

一番に答えたのは真田だった。それに続き、銀髪の男と一番背の低い奴も答えた。

「俺も特にねぇ。」
「……我もだ。」
「そっちは?」

名前の問いかけにヤクザな男は首をふるだけだった。
…相当政宗様とやらが大切らしい。

「じゃあそっちの迷彩のあんたは?」

さっきの手当てを見て警戒心が薄れたのか、聞かれた赤髪の男は首をふりながら上を指した。

「俺様は平気だけど…」
「だけど?」
「もう1人、風魔って奴が…」
「…風魔、ね。」

それを聞いた名前は廊下に顔を出して叫んだ。

「風魔ー!傷の手当てするから出てこい!」

…しーん…
しかしなんの返事もない。

「……。」

名前がなんとも言いがたい表情で振り返る…と、名前の後ろに突然人が現れた。

「うわっ!?」

俺が驚いて声をあげると名前も気付いたのか振り返った。

「風魔?」

黒ずくめで兜のようなものを目深に被った、顔に赤いペイントが施された男。
…それにしても、ペイントするの流行りなのか?
そう思い迷彩柄の服でやっぱり赤いペイントがされている男を見ると、なんだ?と言わんばかりに片眉があがった。
俺は慌て首をふり、名前たちの方へ向き直る。

「怪我してるだろ。手当てするからみせて。」
「………。」

無言で名前を見つめる風魔。
…いや、目が見えないから見つめてるのかよく分からないけど。

「……。」
「………。」
「…………。」
「……………。」

しばらく無言の攻防は続き、風魔は素直に服をたくしあげた。
それをみて名前は良い子だ、と笑った。
…名前の笑顔は貴重なんだぞ…。
棚から出してきた救急箱を広げ、風魔の傷の消毒を始める。自力で立っているしそんなに酷い怪我ではないらしい。

「ん、そんなに酷い傷はないな。」

名前も消毒と絆創膏を貼るだけで終わった。
風魔は絆創膏がお気に召さないようで身じろぎしていたが、名前の「はがすなよ。」の一言で大人しくなった。

「………なぁアンタ、」

ぼーっと名前が救急箱を片付けるのを見ているとポニーテールの男が話しかけてきた。

「?怪我でも?」

「いや、そうじゃなくて…」

話を、
そう言いかけた男の言葉を遮って玄関のチャイムがなった。

「「「「!?」」」」

その瞬間、びくりと分かりすぎる程の反応をした男たちは、立ち上がって玄関に向かう名前を見つめる。

「…――――。」
「……―、」

変な緊張でみんなが固まる中、名前の後について先生が入ってきた。

「で、患者は………なんだこりゃ。」
「言っただろ、訳ありだって。」

白衣に眼鏡、でかいアルミケースを持った先生は、リビングを見て絶句していた。

「とにかく、治療よろしく。」
「あ、あぁ…」

しかしソファーに横たわっている男を見ると表情が変わった。
慣れた手付きで服をはだけさせ、止血に使ったタオルを取る。

「……こりゃ、刀傷、か?」

眉を寄せちらりと他の男達を一瞥して、名前に渋い視線を送る。

「…一応、何針か縫っとく。」

薄いゴム手袋をして針を出した先生。
俺は先生たちに背を向けた。人の体を縫うところなんて見たくない。

「…あとは安静にしとけ。」

しばらくして、縫合は終わったらしい。

「…さて、何でこんな危なげなのがいるのか説明してもらおうか、名前。」

男達を睨み付ける先生の目はマジだ。
…相変わらずの過保護だなぁ…。

「説明もなにも、俺が聞きたいくらいだ。」
「…どういう事だ。」
「帰ってきたら家にいた。」
「!!そりゃ不法侵入だろうがっ!!」
「…まぁな。」
「こういう時は警察を呼べ!」
「いやほら、なんか訳ありみたいだし。」
「またお前の悪い癖だ。犬や猫とは違うんだぞ!」

怒るアキ先生を名前は煩いと受け流す。今まで何度言われても直らなかったし、言うだけ無駄だと思う。

「………なぁ、警察ってなんだい?」
「うん?警察ってのは世間の秩序と安全を守り、罪を犯した人を捕まえる人たちの総称………え?」

名前と先生の口喧嘩を聞いているとさっきのポニーテールが聞いてきた。
…いや、何で警察知らないの?

「…名前、先生…」
「なんだ」
「どうした?」

俺の呼びかけに振り返る名前は優しい。でも先生は恐い…。

「いやあの……」

二人の視線を正面から受け、横からはポニーテールの視線。

「…この人たちの話を聞けば解るんじゃない?」
「「………あ。」」

俺の提案に二人はぴたっと動きを止めた。
そしてその手があったか、と言わんばかりにそろって間抜けな声をあげたのだった。






 


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