無事に入学式を終え、中学生としての日々が始まる中で、俺はあの原稿を書いた"名字名前"という存在を探していた

自分に勝るとも劣らない学力を持ち、あのようなひねくれた文章を堂々と提出して見せるような、"女"だ

勉学漬けの毎日を送るような、控えめで目立たない文学少女なのか、世間には変人と天才は紙一重なんて言葉もあるのだから、奇人変人を極めたような俗に言う鬼才を持つ者なのだろうか

探していたと言っても、各クラスで「名字名前という生徒はいるか」と訪ねて回った訳ではない

しかし、廊下で交わされる会話の中で名字という言葉にはいつも耳を澄ませていたし、ジャージに刺繍されている名前に無意識のうちに目をやる程度には気にかけて居たのだ

それでも一学年当たりにおける生徒数の多い立海で、名前しか知らないただ一人の生徒を見つける事は難しかった

次に名字名前を見つけたのはそれから数ヶ月が経ち、前期試験の結果が張り出された時だ

順位毎に名前の並べられた表の一番上に柳蓮二の名があり、その真下が、そう、名字名前だったのだ

総合点も2〜3点しか差が無く、入学試験時の満点というのもまぐれではないという事なのだろう

そしてその日の部活中、仁王と友人との談笑の中で、なんと名字の話題が出た


「のう、俺のクラスに名字っつー奴がおるんじゃが…
そう、学年二位の名字なり

そいつが今日授業中に公開処刑されとってのう

そやつ、テストは全問正解した癖に、なんと回答用紙に名前を書き忘れてな、5点減点されてしもうたんじゃと

なんで見直しもせずに居たんだと思う?
それがのうーー…」


腹の底に沈んでいた何かが、どっと湧き上がって来るのを感じた

ついに、見つけたのだ

無論、本人を見つけた訳ではないし、俺は名字名前の名前すら知らないのだから、"見つけた"という言葉は誤りかもしれないが、これはもはや見つけたようなものだ

名字名前という漠然とした形容詞も、仁王と同じクラスに属する者と限定されればただ一人に絞り込むのは容易い事


「仁王、その名字というのは…」

「おぉ、柳がこの手の話に入って来るとは、意外じゃのう」

「口も挟みたくはなるさ

その5点マイナスの経緯が本当ならば、俺は名字に学力では負けている事になるのだから」

「ほう…」


仁王は何かを企んでいるような笑みを浮かべて、俺の肩に手を回して、耳元で悪魔のように囁いた


「名字は図書委員ナリ
そして、丁度明日の昼休みが受付担当の日なんじゃ

気になるんなら、会うて話してみんしゃい、愉快な奴やしのう」



無論、その翌日の昼休みには昼食もそこそこに図書室へと向かった

しかし、図書室のカウンターに座っていたのはニヤニヤと怪しい笑みを浮かべながら頬杖をつく仁王だった


「おーおー、そんなに睨みなさんな、可愛い顔が台無しナリ」


あれだけ堂々と嘘を吐かれれば、睨みたくもなるだろう

受付の仕事中のはずだが、カウンターの上には何故かトランプタワーが築かれて居るし、仁王の手にはスペードのエースが摘まれてる

しばし、俺と仁王はトランプタワーを挟んで睨み合いを交わしていたが、突然トランプタワーが横から現れた植物辞典に払われ、辺りに散らばった


「それ、ちゃんとかづけて下さいよ

いつも通り、裏で寝てれば良いものを、わざわざカウンターに座って遊ばないで欲しいんですがね」

「これは手厳しいのう…」

「貴方を図書委員として見てはいませんからね」

「ほぅ、なら俺は何に見えるんじゃ?」

「そうですね、強いて言うなら、薔薇、かな

触り所も無い上に虫を寄せ易いんですから、可能な限り側に置きたくは無いですね」


仁王を薔薇と称した女生徒は辞典の上に文庫本サイズの本を三冊積んで、空いた腕で仁王を追い払うような素振りを見せた

当の仁王は万歳でも無い様子でトランプを拾い、「それじゃ、俺が呼んだ虫は俺が責任持って散らして来るぜよ」と言って図書室を出て行った

それに釣られるようにして数人の女子生徒が図書室を後にした所を見ると、どうやら仁王目当てで図書室に足を運んでいた生徒が居たのだろう


仁王を追い払い、カウンター席に腰を下ろした女子生徒は鞄から絵本と筆箱、ルーズリーフを取り出して絵本を読みはじめた

絵本ではあるが、表紙に書かれている文タイトルフランス語のようで、遠目からではページの文字までは良く見えない

良く見えては居ないが、確信を持った

このカウンターに座る生徒が、俺の探し求めた名字名前なのだろうと






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