思えば、私達の間にはいつだって確かな歪みが存在していた

それを指摘せず、改善もせずに今日に至ったのは、その「歪み」をひっくるめて「柳蓮二」という存在として認識し、「歪みを纏った柳蓮二」を私が愛して居たからに他ならない

それが恋愛感情なのか、降って湧いた考察の的だったからかは定かではないけれど、確かに私は「柳蓮二」を特別な者として認識していた

だからこそ、私は柳蓮二について日々考察を重ねていたし、その内容を柳蓮二本人に話しては真意を問いたりしてきたのだが、彼からの答えはいつだって「不正解」でしかなく、その度に彼は言うのだ


「簡単に推し量られてはたまらない」、と


これは、再三の催促の末にやっと彼が述べた「正解」の形であり、彼が今に至るまでの話でもある

時間は中学入学時まで遡った






俺が初めて名字名前という存在を認識したのは、中学受験をして直ぐの事だ

テニススクールに通い、その中でも頭一つ抜きん出ていた事もあり、スポーツ推薦での入学ではあるものの、文武両道を謳う立海大付属中学校には入学の際に学力試験がある

その試験で満点を取り、入学式で代表者として壇上に上がる事になったから挨拶を考えて来いと、小学校の先生から原稿用紙に文字数等の規定が記されたプリントを添えられて渡されたのは合格通知を貰って直ぐの事であった

その際に聞いたのだが、実は俺の他に満点を出した受験生がもう一人だけ存在しており、その受験生にも同じプリントと原稿用紙が渡されているのだそうだ

より良い内容を考えてきた方が壇上で挨拶をする事になるのだろう

それは分かってはいたものの、特に意識する事は無く、俺は文章をしたためた
それは学校側がどんな挨拶を求めているのかが容易に察しがつき、それに沿うに文章を作ったからだ

入学式の数日前に設定された提出期限のさらに前日に、原稿用紙を茶封筒に入れて立海を訪れると、担当らしき教師がやってきて、空の会議室へと通された


「あぁ、待って居たよ
新入生の挨拶は柳君にお願いする事になりそうだから、そのつもりで頼むね

原稿は私の方で一度目を通させて貰うよ
多少なりとも添削する必要もあるだろうから」

「もう一人、挨拶をする生徒が居ると聞いたのですが?」

「あぁ、彼女のは…、こう言っちゃ悪いけれど、添削云々の問題外だったんだよね」


数百人にものぼる受験生の中で、たった二人の満点合格者だ
少なからず相手に興味を持っていた上に、教師に"問題外"と称されるとは、一体どんな事を書いてきたのだろう

原稿用紙に目を通す教師に、その"問題外"の原稿を見てみたいと申し出るといかにも不思議そうな顔をされた
とてもじゃないが、読んで意味のある内容ではないと

それに「興味本位ですよ」と答えると、すんなりと原稿用紙を持って来てくれた
ぞんざいに扱われていたのだろう、皺の寄った原稿用紙の一枚目には茶色く丸い染みができていたし(茶の入ったコップを上に置いたのだろう)、原稿用紙の順番はバラバラになってしまっている

それを整えながら目を通すと、それは確かに新入生の挨拶には到底相応しくはないものであった

要約すると、「新入生代表者として、私が挨拶する事は無い」という内容だ

多少の補足を入れると、

"私達は別々の感性を持ち、別々の友人を持ち、別々の将来を歩むのだから、新入生全員の為になりえる挨拶を私一人がするのは到底不可能である

そのためには一人一人に会って回り、適切な声をかけるのが適当なのだろうが、私はそんな事をするつもりは無い

よって、私から新入生一同の"代表者"として述べる事は出来ない"

そして最後に
"一つだけ、新入生全員私からに送る事のできる言葉は 良い友、良い先輩、良い教師に恵まれる事を祈っています、それだけだ"

そんな内容を、規定文字数ぴったりに収めて提出したのだ

挨拶としては相応しく無いが、一つの意見としては頷けなくもない

名字…、名前か

このような考え方をする子供を、俺はかつて見た事が無い

自分だってまだ子供であるし、たかが十数年ぽっちの人生ではあるが、それでも幼心に確かに衝撃を受けたのだ

俺の原稿を茶封筒に戻し、どこにも問題は無かったから添削はせずこのままで良いと言った教師は入学式での流れを簡単に説明し、「それじゃあ入学式でね」と言って会議室を出て行った


俺の手元に名字名前の原稿を残して、だ


本来ならば、この原稿を届けるべきなのだろうが、これの状態の悪さから察するに、渡したら最後もはや用済みだと丸めてゴミ箱へと放られてしまうのではないか

俺はくしゃくしゃの原稿用紙の皺を伸ばして、持参したファイルへとそれらをしまい込んだ

盗んだという自覚は無い

寧ろ、棄てられていたも同然なのだから、拾って持ち帰ったとしてもなんら問題はないだろうと思って居たし、実際、その原稿用紙について何かを言われる事すら無かったのだから


そして、来るべき入学式の壇上で、俺は挨拶の最後に彼女の一文を添えた

"願わくば、私達が良い友人、先輩、教師に恵まれん事を"

担当の教師は明らかに俺の原稿を斜め読みしていたから、この一文を加えた所で気づくかすら怪しいし、文句を言われる事はないだろう

この挨拶を聞く生徒の中にはもう一人の代表者の存在を知る生徒は一人たりとも存在しない

何故だかそれが悔やまれて仕方が無かった





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