ある日の昼休みの事だ
学校内で中学校には似合わない、幼子の泣き声がえんえんと響いていた
ある人は「きっと、幽霊だよ」と面白おかしく騒ぎ立てたし、ある人は「大方、幼児が迷い込んだのだろう」と、しれっと答えた
私が白米にふりかけを乗せながら
「未知への期待を込めて、幽霊に一票」
と告げれば、幸村くんは嬉しそうににっこりと笑い、柳くんは表情こそ変えはしなかったが彼の箸は里芋の煮物を取り逃がした
再び弁当箱の中に帰って行った里芋を見て幸村くんは必死に笑いをこらえていたが、いかんせん肩が震えているものだからバレバレであって、柳くんには恥ずかしそうに一つ咳払いを零してお茶を濁していた
「そうだ、俺の"幸村派"につきたいんだったら献上品を頂かなきゃね
…ていうか蓮二、何食わぬ顔で斉藤の席に座ってるけどさ、斉藤かえって来たんだからどきなよ」
「い、いや、俺の事は気にしないで…」
「…だそうだ」
斉藤くんはどこか遠くを見ながら昼食も取らずにぼんやりとしていた
最近は彼に何か見えない力が働いているような気がしてならない
まさかね、漫画じゃあるまいし
弁当箱を空にして、巾着袋にしまっていると、校舎に響いていた泣き声が大きくなっている気がする
そう、今や目と鼻の先といった感じだ
幸村くんや柳くんも不思議に思ったようで、三人揃って廊下側のドアを見つめていると、困惑気味な柳生くんが腕に幼女をくっつけて教室の前を横切って行くはないか
私は思わず隣に居た柳くんの腕を握り、あいている別の手で携帯を掴んだ
「柳くん、警察に通報する際は学校名だけで良いのかな?
やはり住所も必要ですか?」
「住所なら把握しているから、俺が通報しよう」
「二人とも…! ご、誤解です!」
私達二人が携帯を片手に相談しあう様子を見て顔を青ざめさせた柳生くんが少女をくっつけたまま二人の間に割って入って来てしまった
ここはC組ですよ、貴方のクラスじゃありませんよ、なんて、今更過ぎるか
第一柳くんも我が物顔でC組に居座っているし
その子があまりにもわんわんと声を上げて泣くものだから、膝をついて「どうして泣いているの」と声をかけながらその頭を撫でていると、少女が柳生くんの手を離れて私に抱きついてきた
「うわっ、どうしたの、眼鏡のお兄さんに嫌な事され…」
「名字さん!! 冗談でもそんな事は言わないで下さいませんか?!」
「あははっ、名字さんは面白いなぁ!
でもとりあえず蓮二と柳生は職員室に行って子供が紛れ込んでる旨を説明して来てよ
その間、俺達がこの子の面倒を見るからさ」
「幸村くん、連れて行った方が二度手間になりませんし、良いと思いますよ?」
「いいんだよ、その方が面白いだろうから」
幸村くんは些か楽しみを求め過ぎだと思うんだけどな
幸村くんの我が儘には慣れているのか、柳くんと柳生くんは少しの苦笑を漏らした程度で、大人しく教室を出て行った
幸村くんも私の隣に膝をついて、あろう事か「このお姉さんがお話しを聞かせてくれるってよ」と言って微笑んだ
つまり、お前が話相手をしろよと少女の相手をする役を丸投げされたに等しい
声にこそ出さないが、内心盛大に不平不満を漏らしながらも幸村くんに言われた通り、
「そうだね、ちょっとしたおとぎ話ならしてあげられるよ
少しの間だけ、お姉さんとお話ししようよ」
と言ってみるば、涙を拭いながらコクリと頷いてくれた
素直な良い子だ
今まで無駄に読んできた本の中から子供受けしそうなファンタジー小説を思い出して、そのお話をかいつまんで話す事にした
「じゃあ、ネズミさんが主人公話のお話しをするね」
「ねずみ? ぐり と ぐら?」
「ううん、ネズミさんの名前はブランカって言うんだ」
「ぶらんか? しらないー!」
名も知らぬ少女は当然のように私の膝の上に乗ってきたため少し驚いたが、気にせず話しだすと目をキラキラさせながら「どうして?」「なんで?」とちゃちゃを入れて来る
その様子を幸村くんが隣の席から微笑んで見守るという、なんともおかしな空間ができあがっていた
「柳生」
「…はい、なんでしょう?」
「お前は俺を応援してくれるものだと思って居たのだがな」
「えぇ? 勿論応援して居ますよ!」
「俺達の間を裂いておいてどの口が言うんだか」
「!?」
そんな会話があった事を、私は知らない
しばらくして、柳くんが生徒ではなさそうな私服の女性を連れて戻って来た
柳くんも女の人も、私の膝の上で熟睡する少女を見てとても驚いて、女の人はパタパタと此方に駆けて来て少女を抱き上げた
「ゆかりがご迷惑をおかけして…」
「私は構いませんよ
でもゆかりちゃんは酷く泣いていましたから、もう目を離さないであげてくださいね」
「はい、有難うございました」
後で柳くんに聞いてみると、ゆかりちゃんのお兄さんが立海に転入するらしく、その為の手続きのために母親と一緒にやってきたものの、ゆかりちゃんははぐれてしまい、大変だったのだそうだ
此方には父親の転勤のために越してきたためゆかりちゃんを預かってくれる知り合いも居なかったようで
連れて来ざるを得なかったのは分かるが、それでも、一人になって、校舎中に響く位泣いてしまったのだから、やはり連れて来るべきではなかったんだと思ってしまう
まぁ、泣き声をバックに弁当箱をつついていた私がとやかく言える立場ではないのだけれど
いつの間に取ったのか、幸村くんが「名字さんは良いお母さんになるよね」と、笑いながら女の子を膝に乗せている私の写メを柳くんに見せびらかしていた
柳くんも柳くんで、興味深そうに携帯の画面を覗きこんでいるが…
「勘違いしているようですが、私、基本的に子供は嫌いなんですよ?」
子供は、自由だから
中途半端に大人になってしまった私からすれば、彼等が羨ましくて、妬ましくてたまらないのだから