部活の見学に来た柳くんに誘われ、誘い返して帰路を共にする事となった

先日は怪我の事などの話題が有ったが、本日も都合良く話題が用意してある訳もなく、お互い無言のまま歩くばかりだ

沈黙は嫌いではないが、共に帰りたいと言ったからには何か意味のあるものにしたかった

これではたまたま通学路が一緒になっただけの赤の他人のようなものじゃないか

何か柳くんの探求心をくすぐりそうな話題は…、と考えて思い出したのが、告白された時の柳くんの一言だった

"隣にいる権利が欲しい"

隣にいる、だけ
つまり、それには語らいも触れあいも含まれないのか


「なるほど…」


思わず口から漏れた感嘆の声が聞こえたのか、柳くんの視線が此方を向いた

目は相変わらず伏せられているから、視線というのは少し違うかもしれない

「…なにか不手際でもあったか?」

「柳くんに? まさか、そんな事は無いですよ」


第一、もしも柳くんが何かミスを犯したならば、私は「なるほど」の一言では済ませられないと思う
何故そうなったのかを小一時間問いただしたいと思う位には、柳蓮二という存在に興味を持っているのだから

彼のコンクリートを敷いたように平に均された表面の下を、私は見た事が無い

彼はいつだって何重にも境界線張った向こう側で、じっと此方を眺めているような気がしてならなかった

だからこそ、彼は私を好きな訳ではないとも思えるのだろうな


柳くんはしばらく私の横顔を見つめて、諦めたようにため息を吐いた


「名字の自らの中だけで結論を出す癖はやはり欠点だと思うぞ」

「癖…? 癖、なのかな?」

「習慣と言った方が良かったか?」


私としては、そんな事よりも欠点と言われた方が気になる

まぁ、柳くんの事なので、悪い意味では無いのだろうが

多少の悪戯心もくすぐられて、「心配しなくても、柳くんの事を考えて居ましたから」と笑いかけてみた

…無論嘘は言って居ないのだから問題は無いはずだ

しかし、柳くんの方には何か問題が有ったらしい

どこからとも無くノートを取り出して、ずい、と一歩此方に歩み寄ってきて、「俺について、何を、考えて居たんだ?」と、足を止めてまで聞いて来た

あぁ、これはつまり、悪戯のネタをミスした私が小一時間問いただされる事になった訳だ

こうも早々に、自らの中で出たばかりな最も有力な考察を述べるとは、夢にも思わなかった
なんせ、夢を見る暇もなかったのだから


「…やはりと言うか、名字の自己完結する習慣は良くないな」

「…つまり、間違いがあったのですね」

「此方としては、そう簡単に推し量られてはたまらないがな」


柳くんが猫を被っているのはなんとなく、察してはいるが、なんて、あえて今言う必要も無いだろう


「名字が中学入学時から今現在に至るまでに受けた告白は8度

俺からの告白を除いた7度は全て、返事はNOだ

俺としては名字は男が嫌いなのかと思ったんだがな」

「…うわぁ、その情報は一体どこから…

正確には、嫌いではなのですが、興味がないと言った方が正しいかもしれません」


たしかに、告白をされた事はあるが全て断って来た

それは私がその人物にではなく、その人物の"行動"ばかりに注目してしまい、本人にはさっぱり興味が向かないためだ

例えるならば、"逆立ち"に興味があるだけであり、"逆立ち"をする"人物"は誰だって構わない、と言った具合に

誤解を招かぬように付け足すが、逆立ち云々はニュアンスの話であって、私自身は逆立ちにそれ程の興味はない

そんな曖昧な状態で相手からの告白を受けるのは失礼だと思って来たので、告白は受けなかった
それだけの事だ


「ふむ、では、触れたとて嫌悪感は無いのだな?」

「…当たり前じゃないですか」


柳くんはまるで触ってみろとでも言うように、手のひらを持ち上げて見せた

その手に自分の手を合わせるように重ねてみるが、その指の長い事

指の長さだけでなく、手の大きさからして差があるのだろう


節を合わせてみてもやはり一回りも大きいものだから、ほう、と感心していると柳くんの指がパタリと折れて、指と指の間に収まった
つまり、恋人繋ぎのような格好になったのだ


「些か、慎重になり過ぎていたという事か」

「…柳くん」


なんだか幸せそうにふわりと笑う柳くんにこれをいうのはかなり気が引ける
引けるのだが、言わなければ


「柳くん、あと4分で来る電車に乗れないと、私は門限に間に合いません

もう少しかかるようなら、私は母に遅れる旨を連絡しなければいけないのですが…」


ピクリ、と
柳くんの指が震えて、あからさまな動揺が伝わって来た

本当にごめん、柳くん…

もしもまた一緒に帰る機会があったなら、手を繋ながらゆっくり帰るのも、良いかもしれない

「幸い、駅は目の前だ
名字の歩幅から計算すれば、多少早歩きをする必要はあるが間に合うだろう

くれぐれも、急ぐあまり階段を踏み外さないようにな」

「ほ、歩幅まで把握済みなんですか?

はい、落ち着いて、でも急いで行きますね」


また明日、と手を振ってみれば、ふわりと笑って小さく手を振り返してくれた

柳くんが手を振る姿を見たのは初めてだったな…
中学生らしい素振りをする姿さえ、見慣れていないのだから、時間さえあればもっと観察したかったくらいだ

そんな事を思いながらホームへの階段を下りると、丁度電車が向かって来るのが見えた

私の歩幅かぁ…

目測か、足の長さと地面と足の角度、それに歩数と進んだ距離を計算して…

そこまで考えてふと思い出したのだが、私より背も大きくて、足だって長いだろう彼と歩いていたというのに 私にとっては驚くほどいつも通りの帰路であった

私よりも一歩が大きいのは言うまでも無い

つまり、合わせてくれていたのだろう


家についたらお礼のメールでも送ろうかと思い携帯を開くが、私のアドレス帳を探しても、"柳"という名は見つからなかった


「あぁ、そうか…」


登録すら、してないんだ
聞かれもしないし、聞きもしなかったのだから





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