私がフェンス越しに渡したクッキーを落とさないようにと四苦八苦しているもじゃもじゃ頭の少年は、さながら檻の中からおやつを取ろうと頑張っている子犬のようだった
我ながら可哀想な渡し方をしてしまったと反省していると、いつの間にか外に回り込んでいたらしい丸井くんがもじゃもじゃ君の骨クッキーをかっさらって行った
こちらはさながらトンビのようだ
その様子を眺めていると、柳君が目の前までやってきて、保健室の時と同じように私の頬を撫でた
眠っている間に頬の湿布は剥がされてしまったため、今度は素肌を直接柳君の指が撫でている
それがなんだか気恥ずかしくて、苦笑いが漏れた
眉を下げて「すまない」と詫びる柳くんに軽く首を振って気にしないでという旨を告げた
貴重な初点滴を経験できたのだから、機嫌は良い方だ
「そんな事より…、柳くんのノートを仁王くんが持って行きましたよ?」
一瞬で振り向いた柳くんはノートを抱えて「げっ、バレた」といった表情で硬直した仁王くんに微笑んで見せた
「まだ、人前で生きてゆきたいだろう?
なぁ、仁王?
今直ぐにそのノートを返すならば、お前の情報はバラさずにおいてやろう」
「お、俺はまだ中三じゃ…
生きていけんようになるような秘密なんて無いぜよ…」
「ほう、そうか、ならば良い事を教えてやろう
お前が手を出したC組の生徒なのだが、もう二か月も生理が来て居ないようだ
フッ、おめでとう、これからはパパと呼ぶべきか?」
えっ、それは、やばくないか?
幸村くんや丸井くん、もじゃもじゃくん等が仁王くんを囲んで「ふふ、やったねパパ!」「俺、妹がいいぜぃ!」「やっちまいましたねパパー!」とじゃれついていた
ねぇ、あれってイジメレベルだよね?
仁王くんは「あいつ、ピル飲んどるから大丈夫っていうとったくせに!!」と叫んで今にも崩れ落ちそうになっていた
静かに仁王くんの正面に立った柳くんは「冗談だ」と笑って、力の抜けきった仁王くんの腕からノートを抜き取って戻って来た
柳くんが言うと本当にありそうで恐ろしいったらないなぁ
そのままの流れで、柳くんが真剣そうな顔をして、お前は子供は何人欲しいんだ?なんて聞いて来るものだから、私は酷く返答に困ったのは言うまでも無い
「う、うぅん、私はしばらくは二人きりで目一杯楽しんでから、子供が欲しいなぁと思いますね
その後、何人かとか、性別だとかは考えたい、かな?」
柳くんのデータテニスに協力したんだと、そう思い込む事にしよう
子供論議がどうテニスに生かせるのかは、私の残念な頭では関連づける事はできなかったが…
回収してきたばかりのノートに情報を書き込んで、柳くんはありがとうと笑った
仁王くんが部室までかけて行ってしまった(妊娠の有無の確認に、だろうなぁ)ので、詰まらなくなったのだろう
今日の練習を切り上げると幸村くんが告げて、テニス部員達が一斉に片付けをはじめた
幸村くんは手伝いもせずに、新しい骨クッキーをかじって微笑んでいた
…、夢に出そうだな、この幸村くん
やっと片づけが終わって、一人一枚づつ骨クッキーを配ってその日の部活動は終了した
幸村くんだけ6本もクッキーを食べていたけど、あれは部長特権という奴だろうか
私がもじゃもじゃくんにあげたクッキーをねこばばした丸井くんはジャッカルくんや仁王くんのも巻き上げて計4本を平らげていたが、幸村くんには惜しくも届かなかった
勝ったからなんだとは言わないけどね…
真田くんには「菓子を持ってくるとはけしからんぞ!」とお叱りを受けてしまった
次からはポカリの粉とかにする事にしよう
願わくば、次なんて一生来なければ良いのに
柳君が着替えに行っている間に幸村くんがよって来て、意味深げに耳元で囁いた
「ねぇ、知ってるかい?
蓮二のノートは二種類あるんだ」
「え? 二冊目ではなくて?」
「うん、二種類だよ
ひとつは他の人に知られても構わない、頑張って調べれば分かるような内容のノート…、身長や体重、趣味や癖とかね
もう一つは、柳だけが知ったおけば良いと思っている事
言い換えれば、自分以外に知られたくない事が書かれているノートさ
自分の欠点についての考察や、、それに対するトレーニング内容とか、改善中の数値のデータとか…、君の事とか」
「ん? 聞き間違いかな? 今ちょっとおかしな事が混じりましたよね?
最後のは何かの間違いですよね?」
「ふふっ、あの蓮二の容赦ない言葉攻めから察するに…
あれはどっちのノートだったのかなー?」
「幸村くん、無視ですか? 幸村くんってば!」
幸村くんの意図はだいたい分かった
かまをかけてこいと言いたいのだろう
仁王くんに逃げられた幸村くんは新たな遊びとして私と柳君に切り替わっただけの事だ
「…無駄ですよ、きっと柳くんは私の事をそれ程好きじゃないみたいですしね」
「はぁっ!?」
「ふぇっ!?」
幸村くんに混じり、部室から出てきたもじゃもじゃくんもすっとんきょんな悲鳴を上げた
私からすれば、そんな反応をする君たちの方が驚きだよ
「君…、えぇ?! まぁ、蓮二だから…、あぁ、何やってんのあいつ!?」
「先輩、柳先輩は…っ!」
「俺が、どうかしたか?」
「お前の愛が通じてないよって話だよ」
「…、ほう?」
柳くんは少しだけ困ったように眉をひそめて、「とりあえず、一緒に帰らないか?」と笑ってみせた
わ、一緒に帰るのなんて初めてですね、と驚きを隠せずにいると、幸村くんは頭を抱えて見せた