君が応援に来てくれる日は、とても良い風が吹くんだ

そんなの、きっと偶然なのだろうけれど

そう言った時、君があまりにも悲しそうに、怯えたように、それら感情を隠してぎこちなく笑うものだから、僕はどうして良いか分からなかったんだ






「名字さんや七瀬さんがテニスの大会に来るなんて、意外だな」


幸村精市には関わらないで欲しいと言う旨を伝えた筈だが、彼は素直に従うつもりは無いらしかった

透くんの癇癪を受けても次の日にはケロリとしていて、にこやかに挨拶をしてきたのには驚いたものだ


「偶然通りかかったら柳くんが目に入ったからかな
柳くんは背も高いし、独特の雰囲気があるからよく目に入るんだよね

立海のテニス部の実力って奴も見てみたかったし」

「そっか、せっかくテニス部に興味を持ってくれたのに負け試合を見せるなんて、最悪

…やっぱり蓮二の明日の練習量は5倍にしよう」


練習量、増えてる!
心の中で柳蓮二に詫びを入れつつ、「幸村くんはまだ負けて無いんだよね?」と問うと「当然だよ」と微笑まれた

笑いながら不敗が当然だなんて言われれば、なんて世間知らずなナルシストなんだと思ってしまいそうだが、幸村精市が言うと嫌みったらしさが消えるのが不思議だ

不二先輩とやらは柳蓮二相手に同等の力を発揮するようだから、柳蓮二よりもさらに強いだろう幸村精市が相手であれば苦戦を強いられるだろうが…


聞くと、幸村や柳等の立海テニス部メンバーは有志としてこの大会に参加しているらしい

テニス初心者相手には程よく手加減をしてゲームを楽しませるし、テニス経験者が残り過ぎないように、実力者をある程度駆逐する意図もあるのだという

つまり、上位に食い込む前にわざと負けて消えてしまうのだ

願わくば、幸村精市が不二と当たるまで残っていて欲しいものだ

訳を話せば、事故から救った恩義もあるため、幸村精市は不二と当たるまで残っていてくれる可能性は高い

それでも、彼はあくまでも一般人なのだから、此方の都合に合わせる訳にはいかないだろう
透くんは此方を知り過ぎている為、そういった心配は要らないが…


「そういえば、これが有志の参加で負けるのが決まってるんなら、柳君が負けたのはお咎め無しじゃあないの?」

「予定では、蓮二は勝たなきゃいけなかったんだよ

相手が全国レベルの実力者だったからね、駆逐対象だったんだ

なのに、"ほぼ"本気を出して負けるなんて、全く情けないよ」

「あぁ、なるほどね
じゃあ変わりに幸村くんが駆逐するんだ?」

「そうなるかな…

まぁ、俺より先に柳生やブン太と当たりそうだから、彼等に期待しようかなって思ってるんだけど」

「三強の柳くんが勝てないのに…?
真田くんは居ないのか」

「弦一朗は、うん…、今回は参加するだけ邪魔になるだろうからなぁ」


幸村精市はクスクスと、それはもうおかしそうに笑いながらテニスコートへと戻って行った


「つまり、真田弦一朗は手加減出来る程の器用さは無く、その外見故に相手をした子供を泣かせるだろうという事でしょうね」

「ぶはっ! こら、透くん…、せっかく我慢してたのに!!」


幸村精市も、ほぼ同じような事をヒトリゴトで漏らしていたのは、彼の名誉の為にも黙っている事にしようか

子供の相手に向かなさそうな真田や切原、仁王が居ないのはそのためだったのだろう

真田が混ざっている事から察するに、きっと仁王はサボリ、真田が切原をつきっきりで面倒を見ているのだろうな

軽く他のコートを見て回り、様子を見た所、多分、次に不二と当たるだろう強者は丸井ブン太のようだった

ハネちゃんに次の試合は特に注意をするようにお願いをして、不二のコートの後方に陣取った

テニス部は有名だからある程度の事は知っているが、丸井って、強いのだろうか

確か、ダブルスを専門にやっていたと思ったが、この大会はシングルスのみの大会である

能力者を炙り出せる気がしないのは言うまでもない



「ハネちゃん、これは余り使いたく無かった手だけど、不二さんのボールの動きをある程度操作する事はできるかな?」

『…想うがままにって訳にはいかないけれど、動きを邪魔する位なら、ここからでもできると思うよ』

「じゃ、宜しく頼むよ

多分、ターゲットは風を使って来るだろうけれど、それも妨害してみてくれると更に助かるかな
動揺は隠せないだろうから」


パコン、と、ボールが弾かれる音がして、試合が始まった



早速、ハネちゃんが操作をはじめたようで、不二が打ったボールは伸びが悪く、先ほどからネットにかかったり半分のラインを超えられなかったりしていた

今までとはあまりに違う様子に、ボールを変えたり、コートを変えたりもしたが現実は変わらなかった
だって、ハネちゃんが意図してやっている事だからな


「どうして…?!」

「おぃ、どっか悪いのかよ?」

「そんな事は…、無いと思うんだけど…」


明らかに動揺した様子の不二さんに、その様子が遠目からでも分かるのか『なかなか、良心が痛むね…』とハネちゃんがぼやいた

少々あからさま過ぎただろうか?

苦戦する不二さんを見て観客達が漏らすヒトリゴトから、それらしい人物を探し出し、なんとか候補を絞り込んだ


「そろそろチャンスボールを作ってあげていいよ

それこそ、風が吹けば入るようなボールをね」

『分かった、…やるよ』


不二さんが打ち返したボールがゆるゆると動きを鈍らせて、ネットのちょうど真上辺りでほぼ勢いを無くした
ゆっくりと垂直落下をはじめたいボールを見て、辺りがどよめきに包まれる

さて、


"こんな不二先輩、見たことないよ!""おかしい、不二くんは怪我をしてるのかな?""見たくないよ…、"

"私が、私にしか、できないんだから"


狙い通り、突如として追い風が吹き抜けて、丸井ブン太のコートへとボールを押し込んだ

俺は目の前の女の子の肩に手をかけた


「いけないな、君が手を出すのは、不二さんにも相手にも失礼じゃないか」

「え…?」

「都合の良い風が吹くと思ったら、君が手を出していたんだね」


瞳を揺らして明らかな動揺を見せた少女を見て、ビンゴだと確信した

必死に言い訳を探す少女を掴む腕に力を込めて、その脳内が筒抜けであると囁くと少女は俺を睨みつけて囁きかえした


「あんたは、全然分かってない!」


途端に周囲がざわめき出すものだから、思わず舌打ちを零すと同時に、台風かと錯覚するかのような突風が吹いた

なる程、そよ風程度を吹かせる力ではなかったんだね


人々は突風に煽られてよろめいて、ハネちゃんが身を隠す照明もギシギシと悲鳴を上げていた

ハネちゃんは無事だろうか

近距離の真正面で突風を受けた為にカマイタチ現象をモロに受けたためか、腕や頬には数本の傷ができていた

もう一つ、舌打ちを零したと同時に七瀬君が少女との距離を詰めて、一瞬のうちにその腕を捻り上げてみせる

いけないな、些か、観客が多いかな…


「君、大丈夫?
ついていてあげるから一緒に救護テントに行こう」

あくまでも人の良い笑顔を浮かべ、そう嘯けば少女は当然意味が分からないと言った様子で反論をしてくる

けれどね、俺の能力が、『他人の影響を受けるだけの物』だと思ったら、大間違いだ

携帯のメールだってそうだ
受信だけじゃなくて、送信もするだろう?

俺が他人の思考を受信するのとは反対に、他人の脳に思考を送る事だってできる
しかし、俺以外の人間には、送られた思考を意味の有る語句に変換する器官が存在しないのだ

だから、脳が突如として湧いて出た未知のデータに驚いて、混乱と誤作動を起こす

大抵の人間が、自身の脳の暴走を止める為、フリーズする
つまり気を失うのだ


「つらそうだね、急がないと…
透くん…、その持ち方は誤解を招くよ?

もう大丈夫だから、抱き上げてあげなよ」

「はい! 任せて下さい!!」

本当はこんな手は使いたくなかったんだけどなぁ

しかも、送信には俺の脳にも負荷がかかるのだから

副作用で左目から湧いて出てくる涙を乱暴に拭って、初さんの待つ車へと急いだ





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