例えば、私が重い物を持っているのを見たら、彼はたとえ廊下の向こう側からでも早歩きでやって来て(廊下は走っちゃだめと決まっているだからだ)荷物を奪ってしまうだろう

それがたいして重くもなんともない荷物だったとしてもきっと同じ事になると思う

真田くんは私に対して不思議な程甘くて、過保護で、あからさまな特別扱いをしてくる
それは昔から変わらない事実であって、私は真田くんに守られながら育って来たと言っても過言ではない程だった

そんな真田くんがテニスをはじめて、皇帝なんていうむちゃくちゃ格好良い称号を戴くようになったのを境に、私はひっそりと独り立ちを決意した

気が付いたら登下校から昼食、委員会や修学旅行の班だって一緒だったし、いつからか何かをするなら真田くんと一緒に、とか、何かを始めるなら真田くんが着てから、みたいな法則が頭の中に染み付いていた気がする


"今日はひとりで帰るね、部活頑張ってね"


という簡潔な文章のメールを送って、いつもは二人で歩く道をひとりで歩いた

いつも横目に見える背高のっぽな真田くんの姿が見えないだけで、なんだか世界が広く感じる
まるで新しい道を通っているみたいだった


独り立ちと言ったって、私は真田くんが嫌いな訳ではないし、真田くんに対して不満がある訳でもない

真田くんのそばにいればとても落ち着くし、安心するし、世界で一番信頼している

それでも自分から真田くんの側を離れようと思ったのは、真田くんが好きだからに他ならない

私に構う分まで、真田くんはテニスと見つめ合うべきだし、私は真田くんみたいに他の人に手を差し伸べられる位の立派な人になりたいから…、ならなくては

今の私は、真田くんに手を引かれて歩いている子どもみたいなもので、お荷物とまではいかなくても、私の手を引く必要が無くなれば真田くんはもっともっと強くなると思う

そして、その間に私も強くなったら、きっと今よりも真田くんに相応しい存在になれる
妹と兄じゃなくて、子どもと保護者でもなくて、声を張って『お友達なんだ!』って言えるはずだ


いつのまにやら私は家の前に居て、「よっしゃ、ひとりでできるもん!」と小さくガッツポーズを決めた

家に入るとお母さんが心配そうにしていたが、真田くんを応援したいから、と言えば「そう」と微笑んでくれた


「名前の夢はずっと弦一朗君のお嫁さんだものね?」

「ぎゃあああーっ!?」


その事は掘り返さないで欲しかった
も、勿論今だって真田くんのお嫁さんになれたら良いと思うけど…!
いやでも…っ!

顔を真っ赤にして、みっともなくキョドっている自分が容易に想像できて、穴にも埋まりたい気分になった

さ、真田くん、ガツンと一発お願いします!

幸いな事に、真田くんが切原君に鉄骨制裁をする姿は見慣れているので、想像に難しく無い

頭の中で真田くんを想像すると、腕を組んだ真田くんが「たるんどるぞ!」っと叫んで裏拳を決めてくれた



次の日、いつもの時間に家を出ると玄関の前で真田くんが腕を組んで待っていた


「真田くん、部活はどうだった?」

「むっ…?」


私がわくわく心を弾ませながら訪ねると、真田くんは眉間にシワを寄せて唸った


「だって、真田くんは部活の時間が終わるといつもすっ飛んで来てくれるから

柳くんとか柳生くんは残って打ち合ったりしてるでしょう?

真田くんだって、そういう事したくないかなぁって」

「なる程、そういう事か」


真田くんの眉間からシワが消えて、ワシワシと頭を撫でられた
うおーっ、やめてやめてー!と騒ぎながらも大人しく髪を混ぜられていると、真田くんも楽しそうに笑ってくれたので、今日は良い日だ

しばらく頭を撫でられ続けたものの、真田くんはピタリと動きを止めて、ごほんと一つ咳払いを漏らした


「名字、話を戻そう

練習時間が伸びるのは有り難いがな、予め時間を決めて全力で練習に取り込んで居れば居残り等する必要はないのだ」

「うーん、もしかして、だらだらしながら長時間勉強するより短時間でも真剣に勉強するほうが良いって事かな?」

「まぁ、そのようなものだな

俺の集中力にも限界はあるのだから、時間は長ければ良いとは一概には言えん」

「なるほど!」

「だが、急いで練習に当たるより、余裕を持って練習をした方が技術は向上するのも事実だ」

「え、あぁ、うん、そうだね」

「しかし、毎日共に下校するのも些か過保護すぎたかと反省もしている

つまりはだな…、」

「つまりはー?」

「月、水、金曜日は…、と、共に帰らないか…?」


真田くんはもじもじもじもじとしながらやっと口を開いたと思えば、たったの2日間下校日が減っただけであった

せめてあと1日減らせないのかな
居残りする日より一緒に帰る日の方が多いよ真田くん…


「異議有りです真田くん!
抗議を申し立てます真田くん!」

「何っ!?」

「せめてあと1日減らしましょう!
ううん、じゃあ月曜日は?」

「個人的な理由で却下だ」

「個人的な理由…?
まぁいいや、じゃあ金曜日は?
明日休日だし、ゆっくりじっくり練習を…」

「週末は変質者が出やすい
一人で帰す訳にはいかん」

「むむ…、じゃあ水曜日は一人で帰るね!」


真田くんも不服ですというような顔をしていたが、私はしらんぷりをして学校へと急いだ

真田くんがいつまでも私の頭を撫でるものだから、無駄に時間を食ってしまった
それでも朝練の時間には十分に間に合うだろうけれど…

真田くんは朝練のため、かなり早く家を出る
私は美化委員会として花壇に水をやったりする為に真田くんと一緒の時間に家を出る時がある
…凄く稀にではあるけれど

本当はやらなくても良い仕事ではあるが、これのおかげで内申書はぐいぐいと鰻上りなのだ

今日も今日とて、私はノズルのついたホースを片手に職員室前の花壇と屋上庭園に水を撒いて回った

屋上庭園からは練習に励むテニス部達とそれを眺める女子生徒達がよく見えるし、ピンク色をした悲鳴が届く事すらある

私が私に自信が持てれば、真田くん離れなんて遠回りな応援なんかじゃなくて、あの中に混じって応援する事だってできるのになぁ






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