「幸村くんには花があるね」


「地味だね」と、愛想笑いもない真顔で言い放たれたとしても、俺はこう答える他無かった

実際幸村くんはべっぴんさんだったし、俺は幸村くんに罵られて気を落とす程彼を愛していなかったからだ

もし、由希に憐れみや中傷を込めて「地味だね」なんて言われようものなら、俺は1日寝込んだりしても可笑しくなかったが

しかし、地味だ馬鹿だと罵る位なのに、こんな俺から本当にハグを受けたいのだろうか?
もしかしたら、俺を試すないし、からかっていたのかもしれない


「まぁいいか、病室に行こう」

幸村くんは傍らにあった松葉杖を手にとって脇につがえるとゆっくりと歩きだした

学校の友人が足を骨折して松葉杖生活をしていた事があったが、彼はひょいひょいすいすいと猛スピードで校舎を走っていたのを思い出した(遅刻癖があるのだ)
同じ松葉杖なのに、幸村くんは酷くゆっくりだ


「病室は遠いの?」

「三階にあるよ」

「へぇ…」


ゆっくりな幸村くんの後をゆっくりと歩いてついていって、やっとエレベーターの前についた
3のボタンを押して、げんなりとした様子で壁にもたれる
酷くだるそうだった


俺は幸村くんから松葉杖を取り上げてひょいと横抱きにしてみた

女の子みたいな顔をしていたが、えらい重い
体重は男子のものだった

幸村くんは目を白黒させて驚いていたが、無言で俺の首に手を回して、胸元に顔を埋めた
これは、かなり意外な反応だなぁ

向かうべき方向を問えば簡潔に「右」、と告げられた


「はいはい、お姫様の仰せの通りに」


これでも俺は、自分の学校じゃかなりモテる方だ
女の子には分け隔てなく接するし(告白をされたりしても、此方も分け隔てなく答えはNOであるが)、声を荒げたり喧嘩をしたりもしない、優しそうで大切にしてもらえそうだと言われていた

付き合うなら○○さんがいいけど、結婚するなら名字さんだなぁ、なんて称される存在だった

そんな存在から「お姫様」扱いなんてされれば、即告白ルートのはずであったが、幸村くんはやはり根っからの男性であって、怒りを露わにして俺の髪をわしづかみにした

いたた…いたいっ!


「死ねばいいのに」


本当のお姫様よろしく、幸村くんをベッドに下ろして、布団を腹まで被せる腕に引っ掛けていた松葉杖は適当な壁にたてかけておいた

ここまで甲斐甲斐しく尽くして見せたのに、幸村くんは先の言葉を放ってみせた
まったく手厳しい

幸村くんの病室をぐるりと見回す

花瓶も無ければ、千羽鶴も無い
生を放棄する程、テニスへの執着を見せたというのに、ラケットは愚かテニスボールすらなかった

目に止まったのは簡易的な冷蔵庫とノートパソコン、本が数冊、そしてあからさまな無地のダンボールであった

俺は気怠げに携帯をいじくる
病室に入る前に見た、ネームプレート
彼の名前は、幸村、精市…


携帯を弄りだして数分もしないうちに、幸村くんは不機嫌なオーラを全面に出して唸った


「ねぇ、君、何しにきたの?」

「不思議な事を聞くね
俺は君に求められたから来たんだ

俺は基本的に求められただけ尽くして与えるだけさ」


かちかち、携帯から目を離す事無く歌うように告げた


「ふうん、じゃあ携帯なんか弄ってないで俺の相手をしなきゃ駄目じゃないか
ていうか、院内携帯禁止っつってんだろ、馬鹿だなぁ」

「酷いなぁ、これも君のためなのに

それにしても、携帯がないと不便なものだね
ポケットにしまって30秒もせずに名刺サイズの画面が恋しくて仕方がないんだから」


俺は笑って携帯を幸村のいるベッドに放った

携帯は柔らかい羽毛布団の上に着地してみせた


「預かっててくれるかな
手元にあると、どうもいけないね」

「急な連絡があるかもよ?」

「まさか、最近はユキと繋がるためだけの物だったんだよ、それは」

「なにそれ、気持ち悪いなぁ」

「けれど、引く手数多なんだ、迷惑な事にね」



俺は幽霊部員だったし、学校に行って、寄り道もせずに真っ直ぐ家に帰り、出かけても5時のチャイムを聞けば真っ直ぐ帰路に着くというつまらない日々を送るばかりだったので、携帯の出る幕などなかった

強いて言えば、香奈からくだらないメールが来る程度か


逆に、ユキとは携帯やPCなどでしか連絡を取れないし、ユキ以外で俺にメールや電話をしてくるような存在は居ないのだから、必然的に携帯はユキと繋がる為のものになった

証拠に、俺の携帯の受信フォルダーはユキの名前ばかりである
なんだかこう書くと俺が友人の居ない寂しい奴のようだが、あくまでも俺は会って話すのが好きである為にこうなっただけなのだと弁解させて頂きたい

本題に戻ろう

俺はテニスとは無縁の生活を送って来た為、彼が分からない
先ほど院内禁止の携帯電話を使い彼の名前をググって驚いた

全国大会二連覇中、三連覇が期待される名門、立海大付属中学校のテニス部部長
呼び名は神の子

つまり、中学校テニス界の中で一番強いないしその座を争う存在が彼であった
その世界で知らぬ人は居ないと言っても過言ではないだろう

そんな存在でありながらも、三連覇のかかる全国大会を前に事実上のリタイアを迎えたとなれば思い悩むのも頷けるか

家族構成や本人に言わせるのは酷だろうその病状までググっただけで分かってしまうとは、人気物の辛さといえようか、しかし助かった


これはあくまでも、同じドロドロとした負の感情に浸かる存在として、似た思考の持ち主として考察するに、雪星Pとして作る歌は彼にとって、身代わりだったのではないだろうか

歌の主人公はいつだって不幸であった

救われる事無く幕を閉じる雪星Pの作品は、思うままに行かない現実世界に似ていて共感できると言われている

俺には雪星Pが物語りの主人公に不幸を背負わせ、自らを救おうとしたのではないかと思えて仕方がなかった

ある意味で、一番無害で、一番理不尽な八つ当たりの形がそれであった

テニス部の部長で、家では長男であり妹の見本にならざるを得ない彼は、いつだって強くあり続けた
弱みの見せ方も、不満の吐きかたも、とても下手だった
そんな中でやっと見つけた不満の捌け口が作曲であり、たまたま似た思考を持つ俺がそれに共感したが為に、俺は呼ばれたのだ

俺にできる事は、つまり、俺が新たな捌け口になる事だ

手先が麻痺し、思うように動かなくなった為、作曲に逃げられなくなったユキの不満を聞き、駄々をこねさせて、甘えさせればいいのだろう
ユキも今更、俺相手に気を張る事も無いだろうし

だって、俺にはもう全てその心情を吐いたようなものなのだから





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