思い立ったら吉日とは本当なのだろうか

ちょうど財布には5000円札が入っていて、ユキのいる病院は電車で片道600円程度で行ける場所にあったものだから、俺は制服のままユキの居るという病院へと向かっていた

迷いながらも病院にたどり着いてみれば、受付のかわいいお姉さんが俺に微笑んだ


「本日の面会時間は終了致しましたので…」


俺は即座に携帯を取り出していた


「ユキ、面会時間終わってるって言われたんだけど」

『えっ!? 居るの?来たの!?』

「うん、勿論」

「病院内での携帯電話の使用は禁止されておりますので…」

「えっ…、すみません、ユキ、明日朝一番で来るね」

『えぇっ…、?!』

プツン、電話が切れた







side.…?

第一印象は、綺麗な声の人だった

ラブソングしか歌わないと最初に聞いた時は

「なんだ、ただの惚気の全国放送か」

と勝手に彼を見損なって、それ以降の彼の歌を聞かず、毛嫌いをしていたのだが、俺の病室で俺のパソコンを勝手にいじっていた赤也が
「この人って、最近すげぇ悲しそうに歌いますよね」
と言って丸井を見上げた


「なんじゃ、知らんのか、スケールは"叶わない恋"をしとるんじゃよ
だから最初っから悲しい気持ちで歌っとるんじゃ
そう聞こえるようになったんはきっと表現力が上がったからナリ」


答えたのは丸井ではなく仁王だった

丸井は三人の中で一番スケールに入れ込んでいるファンなのだが、その『叶わない恋』の話を知らなかったらしい

目を丸くして、ソースはどこだよぃ!と仁王の肩をつかんでガクガクと揺さぶった


「生放送で言ってたナリー」

「はぁっ?!俺スケールの生放送全部聞いてるのに…しらねぇぞ!!」

「いっちゃん最近のじゃ」


一番最近…?
その日の放送時間帯を見ると、何時もならテニス部として練習に励んでいるであろう時間帯であった


「仁王、練習をサボったんだね?」


俺が微笑んで、極めて優しくそう聞くと、仁王は元よりよくない顔色をさらに青ざめさせて、「…プピーナ」と一鳴きした


その日を境に、俺はもう一度スケールのファンを始めた

彼の歌は確かに成長していて、その柔らかい日溜まりを思わせるウェスパーボイスを聴いている筈なのに、腹の底にずしりと重たいモノがたまって行くのを感じた

俺が病気の事を考えている時も、曲を作っている時も、こんなふうに腹の底に異物がたまって息苦しくなるんだ

君もこの感覚を知っているのだろうか

だから、こんな風に歌を歌えるんだろう?
ねぇ、スケール…




「幸村くんがロビーにくるなんて、珍しいわね」

「人を、待っているんです」


点滴や配膳、脈拍のチェック等で何度か俺の世話をしてくれた看護師さんがぎこちなく微笑んだのを見て、俺は手本を見せるかのように完璧に微笑んで見せた

今や松葉杖無しでは歩けなくなってしまったため、リハビリ以外では動く事を止めていた俺がロビーの椅子に座って居るのが珍しいのだろう
勿論傍らには松葉杖が椅子にたてかけてある


テニスは無理だろうと言われてから、リハビリもいい加減になったし、愛想も悪くなっている自覚はあった

面会に来る部員達もみんな追い返してしまっていたから、俺にお客さんが来るのは久しぶりの事だ


本当に朝イチ来るのかも分からないけれど、待たずには居られ無かった


待つこと1時間
iPodで曲を聞きながらソリティアをしたり、メールを読み返したり(今更だが病院内使用OKの特殊な携帯電話を使っている)していれば直ぐに時間は過ぎていった


そこに、見覚えの無いチャコールグレーの髪をした少年が現れた

俺はいつも病室にこもっているから見慣れるも何も無いかもしれないけれど、彼は確かにこの病室の空気からは浮いていた

虫も殺せなさそうな姿
無害を擬人化したらこんな風になるんじゃないかな

彼は受付で「○○号室の幸村さんに会いに来たんですけど」と笑んだ
見た目のまま、綺麗で柔らかく澄んだ声だった

受付の人はちらりと此方を見て、困惑しているようだった


「ふふ、俺が幸村だよ
初めまして、君の名前も教えて欲しいな」

「…わざわざ待っていてくれたの?」

「昨日、来させちゃったからさ
でも普通、少し考えれば面会時間がある事位分かるよね…
あぁ、そっかバカなのか」

「幸村くんって綺麗な顔をしているのにはっきり毒を吐くんだね、俺凄く吃驚したよ

俺は名字名前、初めまして幸村くん」


面会者の書類に名前を書き込んで此方に寄ってきた名字さんを見上げて、俺は嫌悪感を露わにしたまま言い放った


「君は何から何まで地味だね」







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