雪星Pとメールやスカイプでやり取りを重ねるうちに、俺たちの仲は確実に親しくなりつつあった

今では雪星Pを短縮して、彼を"ユキ"と呼ぶようになっていた
はからずとも、彼を呼ぶ度に幼なじみの由希がちらつき、それもあってか、由希への思いがユキへと乗り移る事はなかったのだが

話がそれたなぁ

俺が何かを抱えて歪んだように、ユキも何かを抱えているのは多分、間違いない

俺のそれはもう落ちる所まで落ちているし、重さは変わらない
しかしユキの抱えるそれは日に日に重さを増しているのがメールの文面から読み取れた

返事は遅くなり、文章にはネガティブな表現が日を重ねるごとに増えていった

何が楽しくて負の感情を詰め込んだメールを読まなきゃならないんだ
そう思いながらもユキをむげにできないのは、ここまで歪む前のユキを知っているからだろう

ユキが壊れてしまうのも時間の問題なのではないか

そんな不安が頭をよぎった次の日、ユキはユーザーページに活動無期限休止の告知文を掲載した
理由は病気療養とあった

そんな中、俺の携帯がチカチカと光り、メールの着信を知らせた


"怖い、助けて"


あぁ、もう、限界なのか

俺は11桁の番号だけを乗せて直ぐにメールを返信した


「由希、香奈、ごめん
用事ができたから、今日からしばらく別行動っぽいや」


再びピカピカと光りを発して、今度は通話を知らせる携帯を片手に、俺は元来た道をひきかえして歩き出した

幼なじみ達と一緒には、居られない
今から俺は名字名前ではなく、スケールとして、ユキが壊れてしまわないように、そばに居てあげたいと思う



「もしもし、はじめまして、だね」

『そ、うか…、うん、はじめまして』


電話口から聞こえてきたのは少し高めの、男の子の声
それは少し震えていて、酷くか細い


「…ユキ、ユキを不安にさせるものはなあに?」

『不安にさせるもの? そんなの、沢山ありすぎて、分からないよ』

「…ユキ、今更そんな事を言うの?
じゃあ、もう一回聞きなおそうか

ユキには大事な何かがあった、けれど今はそれがユキのそばに無い
ユキのそばにだけじゃなくて、もう世界中のどこにも存在すらしないのかもね

それはやっぱり、病気が関係しているのかな」

『…、スケール』

「なんだい?」

『君と俺はよく似ている
けれど君は俺にはなれないし、俺の気持ちも、体も、全て俺だけのものなんだよ』

「そうだね」

『俺は…、』

「大丈夫、言ってごらんよ
ユキは何がしたい?」


『死にたく、ない
あと、テニス、したいなぁ…

けど、いきていても、テニスができない体になったら、いきてる意味なんて無いと思うんだ

よくない考えだって、わかっているけど、テニスの無くなった俺の未来が、うまく想像できなくて…』


たかがテニスか
そんな思いが頭をよぎる

しかし、俺の持つものだって、たかが恋心だ

「テニスなんか忘れて、それ以外の趣味を見つけたら?」
「由希なんか忘れて、早く新しい恋見つければ?」

どちらも言うのは簡単だ
けれど、そんな簡単に忘れてしまえる事ならば、俺達はここまで歪んだりはしなかったはずだ


「ユキは死んでしまうの?」

『相当運が悪ければね』

「命は助かるけれど、逆に相当運が良くないとテニスはできないんだ?」

『そうみたい』


「なんだ、悩む事じゃあ、ないじゃないか

運がどうのって、リハビリか手術か投薬治療でもするんでしょう?

やるしかないんじゃないかな、テニスしたいならさ
しなかったら、結局できないままだよ」

『それで、それでテニスが出来ないって結論が出たらどうすればいいの?!』

「そんなの、テニスが出来ない人生を送る気がないなら、死ねばいいじゃん」


我ながら、これはひどい事をしたと思った
しかし、覆水盆に返らず、吐いた言葉は飲み込めない


「死ぬのが怖いなら一緒に死んであげるし、世間体や親不孝を気にするなら、俺が殺してあげるよ

さて、あとは何が心配なんだい?」

『君、本気で言ってるの?』

「それだけ、ユキの力にはなりたいと思うよ」

『具体的に何をしてくれるの?』

「ユキが頑張るなら、俺は精一杯支えてあげるよ
辛い事、不安な事、全部聞いてあげるし、必要ならハグして頭を撫でてあげてもいいよ」

『へぇ、呼んだら来てくれるって?』

「ユキ、訛りないし、綺麗な日本語を話すから、関東のひとでしょう?

俺も関東の人間だから、会いに行こうと思えば行ける距離だよ」

『君って、馬鹿、本当に…、馬鹿だなぁ…

…会いに来て、頭撫でて、ハグもしてよ
そうしたら、俺、頑張るから』


頑張る、なんて言葉がユキの口から出るとは正直思わなかった

ネガティブを詰め込んだメールにどれだけ叱咤激励の言葉を返しても、「だけど」「でも」で切り返してくるばかりだったもの

酷い事も言ったし、嘘も吐いた(俺はまだしにたくなないし、ユキを殺したくもない)けれど、それでもユキが俺を求めてくれるなら、俺もそれに精一杯答えるだけである

俺の足は真っ直ぐに、学校を通り過ぎで最寄り駅へと向かっていた


「住所と最寄り駅、教えてくれるかな?」




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