柳くんの人気というものはとにかく凄まじい
それは高校に上がっても、バイト先でも変わらないものであった

勿論柳くんだけが異様な人気を見せて居る訳ではなく、幸村くんを筆頭に、通称ペテン師の仁王くんや自称天才の丸井くん、紳士な柳生くんなどの人気も凄まじいのだが…

話が逸れたが、学校でもバイト先でも、柳くんが私と付き合っている事は周知の事実なのだが、彼女ができてなお、柳くんの人気は衰える事を知らなかった

まぁ、彼女が私のようなちんちくりんであるのもその理由の一つであろう事は確実なのだが…


バイト先で私が休憩を取っている横でも、レジ担当の高校生達(中には私の友人である女子も居た)がキャピキャピと会話を弾ませていた
会話のネタは柳くんだった


「今日、調理実習でマドレーヌ作ったの!
柳くんにあげたくて持ってきたんだけど受け取ってくれるかな?」

「えぇ?!うける!! お前大胆過ぎ!」

「だって超自信作なんだもん!」

「絶対受け取ってくれるよ!柳くん基本的に優しいし?
つーかお前落とす気満々だよね〜」


それ、仮にも彼女の前でする話なのかな?
少なくとも、彼女のような押せ押せ肉食系女子から何かを受け取っている柳くんは見たことが無いが…


「あんた、性格悪すぎて引くわ
恋すんなとは言わないけどさ、普通彼女の前でそうゆう話する?
それとも知らなかった? 柳くんはもう名前と付き合ってんのよ?」


彼女達の会話に水を差したのは、円に混ざってミルクティを呷っていた私の友人だった


「やだぁ、知ってるよ〜?
でもさぁ、柳くんと名前ちゃんって時々話してる所見る位で全然恋人らしくないじゃん?

ねぇー、名前ちゃん、本当に付き合ってるのお?」


昼食にと買ってきた薄皮チョコパン(5個入り)にかじりついた時にそう話を振られ、私は眉間にシワを寄せた

話の内容にではない
チョコパンだと思って買ったパンがつぶあんだったからだ

パッケージへ目を向けると確かにつぶあんとかかれていた
しまった、買い間違えた 私はつぶあんが好きではないから、可能な限り食べたくはない

うつむいて口の中のつぶあんと格闘していたためか、「やだぁ、泣いちゃった? そんなに自信なかったんなら別れた方がいいよ〜」と、言ってマドレーヌ持参の洋子ちゃんが笑った
私の様子がおかしい事から何かを察した友人がパンの袋を見てため息を吐いた


「この子は嫌いなつぶあんと格闘中なだけで、泣いてないわよ…」

「んん、間違えて買っちゃったみたい…欲しいならあげますよ?」

「あたし、ダイエット中だから要らないわ」

「そう…」


友人に断られてしまったため、チョコパン改め、粒あんぱんが4個半(かじりかけ)の処分法を考えあぐねていると、洋子ちゃんが椅子を引いて此方に寄ってきた

あんパンが欲しいのだろうかと思い、パンを勧めると、「そんなババ臭いパン要らないわよ」とまた断られてしまった


「ねぇねぇ、柳くんってどんな彼氏?」

「はぁ…?」

「だからぁ、放課後デートとか行ったりするんでしょう?
どんな所行くの〜?」

「柳くんは部活優先なので、放課後デートなんて久しく行ってないですね…
部活後はすぐ暗くなるので基本的に家に直帰ですよ」

「やだぁっ、柳くんかわいそう〜!!」


えぇ、かわいそうなの?柳くんが?

他人の恋愛事情を伺った事がないので詳しい事は解らないが、この場合は彼女より部活を優先されて「彼女がかわいそう〜」ってなる所じゃないのだろうか?

しかし、誓って柳くんに不満が有るわけではない
私だって、ここ数ヶ月は柳くんよりバイト優先になっているのだから

違和感を感じたのは私だけではないらしく、友人も「ごめん、あんた意味解んない」と洋子ちゃんをジト目で睨んでいた


「柳くんもせっかく彼女が居るんだから、どっか行きたいはずだよ〜!!
それでも行かないとか、名前ちゃんって魅力足りないとか?!」

「…はぁ、柳くん、どっか行きたいですか?」

「そうだな、外出という意味では特に考えた事はなかったが…
そろそろ、一度家には呼びたいとは思っていたな

姉さんがお前に会いたいと言って聞かないんだが、来てくれるだろうか?」


友人がジト目になった辺りで休憩所に現れた柳くんに声をかけると、洋子ちゃんはピシリと固まった
そんな事を知ってか知らずか、洋子ちゃんの目の前で柳くんのお家にお呼ばれするというイベントが起きるとは、少々洋子ちゃんがかわいそうに思えた



「えぇ、かまいませんよ
好きな和菓子屋さんがあるので、そこのお菓子をお土産に持って行きますね

そういえば、私の叔父さんも柳くんに会いたがっていましたから、今度一緒に大学に行きませんか?

あの、例の作者の絶版本が山のようにありますよ」

「では、その時は俺が茶を立てよう 和菓子か…、楽しみだ

大学にも、足を運びたいが部活と休講日の都合が合うかどうかだな」

「あの人は基本暇人ですから…」


柳くんが来たという事は、柳くんが休憩に入るという事だ
すなわち、入れ替わりで私が仕事に戻るという事である

私は未だ右手に収まっていたあんパンを憎々しげに睨んで、たべかけのパンだけでも片付けないければと、腹を括った
ああ、あの時ちゃんと確認して買えば良かった

しかし私の右手が柳くんに掴まれ、かじられた粒あんパンは柳くんの口の中へと消えてしまった

えぇ、それ、食べかけですよ柳くん?
この行動には私と友人も目を丸くして驚いたし、洋子ちゃんに至ってはきゃあ!?と悲鳴を上げるまでの動揺を見せた

一方の柳くんは素知らぬ顔でパンを咀嚼し、「バイト前に慌てたため、間違えて買った可能性、96パーセントだ」と笑った


「残りも貰って構わないだろうか?」

「どうぞ…、じゃあ私は仕事に戻りますね…」

「あぁ、あたしも戻るわ!」


私に続いて席を立った友人が、柳くんに「あいつ、アンタ狙いみたいだから気を付けなよ」と耳打ちしてから歩いて来た
耳打ちではあったが、此方まで丸聞こえって、どうなのよ

柳くんは「そうか」と一言だけを返して、私の残した薄皮粒あんパンを半分に割って、片方を口に入れた

柳くんはパンは千切って食べる派か…
きっとポンデリングも千切って食べるだろうし、煎餅は袋の中で割って食べる派だろう

余談だが私は総じてそのままかじる派であった


そのまま柳くんと別れてタイムカードを切りに事務所へ戻ると、女性の先輩が電話を片手に涙ぐんでいた

なにやら、ハプニングの予感
私の心が好奇心に満ち溢れた


タイムカードを切って先輩に事情を聞くと、とにかく怒鳴るクレーマーから何度も何度も電話がかかってくるらしい

此方の話は聞いて貰えず、店長を出せ! 福田(クレーム対応や困ったお客様の対応を担当している社員の方だ)を出せ!て言って聞かないらしい

今日は店長は出勤しない日であるし、福田さんはつい5時間前に上がったばかりだそうで、連絡がつかないようだ

事情を聞いている間にも例のクレーマーから電話が来て、先輩の顔には「もう出たくない」と感情がありありと浮かんでいた


「私、出ますよ」

「えぇっ、でも…!」

「少し怒鳴られるのくらい、平気ですから」

「少しじゃないよ! 超怒ってるんだよ!?」

「平気です、平気平気」


制止する先輩を無視して電話を取った


「はい、名字がお受け致します」

『責任者はまだ出ないのかよ!!??』


わぁ、出て直ぐ怒鳴ってくるとは、柄の悪い人だ


「只今連絡を取っている最中ですので、もうしばらくはかかるかと…」

『ふざけるな!どんだけ待たせれば気が済むんだ!?』

「23時には福田さんが出勤して来ますから、」
『それじゃおせぇんだよ!!』

「申し訳ないです、せめてお電話の内容だけでも先にお伺いできませんでしょうか?」

『てめぇじゃ話になんねぇんだよ!
さっさと責任者出せっつってんだろ!?』

「事情が分かれば、それだけ早く対応出来るのですが…」

『しつけぇな!!』


お客様の大きな声は隣にいる先輩にも届いているらしく、先輩はひたすらオロオロオドオドとするばかりだ

遠巻きに様子を伺っていた別の先輩は罵声を受けながらもキラキラと輝く私の表情を見てぎょっとしていた

だって、冷静さを欠いた人は滑稽で面白い
電話故に姿が見えないのは残念だが、電話故にどれだけ相手が怒ろうと此方に手が出ないのは利点であった


しばらくは怒鳴り声を聞きながら「はい」と「すみません」と連絡がつかない旨の説明を繰り返したが、お客様の怒りはちっとも収まる気配を見せなかった

痺れを切らしたお客様は『お前じゃ話にならねぇ!!チェンジだ!他の奴を出せ!』と言い出した
チェンジって、ここはキャバクラじゃあないのでそんな仕様は無いのだけれど…

お客様のリクエストには答えねばなるまい
私は保留ボタンを押して一息つくと、満面の笑みを浮かべた


「いやぁ、惚れ惚れする位よく解らないが人でしたね!
私あんな風な理不尽な人、凄く好きなんですよ!」

「うん、名前ちゃんなんで柳くんと付き合ってるの?」

「ていうか柳くんがすげぇ顔してんぞ名字気づいて!?」




「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -