「名前、起きろ 朝食は既にできているぞ」

「チンして食うから、置いとけよ…」

「そう言って二度寝をし、一時間目を遅刻欠席する確立、87パーセントだ」

「むうんっ…!」


俺の1日は幼なじみが寝ている俺を起こす事から始まる

毎日の事なので、今や顔パスで俺の家に上がる事のできるその幼なじみは俺がくるまっていた布団を容赦なく剥ぎ取った

朝の日差しが酷く目にしみる
まだ眠い

幼なじみ…、柳蓮二は立海の中でも群を抜いて盛んに活動しているテニス部所属の、しかもトップスリーの一角である

毎日朝早くから練習があるため、彼の朝は他の生徒よりもかなり早いのだが、俺は何故かテニス部でも無いのに柳と同じ時間に起こされている

もはやいつもの事ではあるが、やはりどうも解せぬのだ


ゆらりとベッドの上から身を起こした俺はギロリと柳を睨みつけると文字通り"牙を向いた"

柳は慌てて身を引いたため、俺の歯は空を噛み、歯同士がぶつかり合うカチンと音を立てて唇が閉じた


「…まさか、噛んで来るとは思わなかったぞ」

「…、がおぉ」


唖然とする柳をぼやけた瞳に移しながら、俺はひと鳴きして再びベッドに身を沈めたのだった



「柳、何も言わずに俺を殴ってくれ…!」


俺をリビングまで引き連れ、朝食が並んだ食卓の前に座らせて満足げに朝練へと向かった柳を寝ぼけ眼で見送る

ぼんやりと、作業的に朝食を腹に収めながら段々と目を覚ました俺は、朝食を終える頃には寝起きの自分が柳に何を仕出かそうとしたかをはっきりと思い出していた


「今朝の事を気にしているのだな?
構わないさ、お前の寝起きの悪さは良く良く心得ている」

「それでも、それじゃあ気が済まないんだよ
あの時の俺、完璧に手を狙ってたし、柳が避けてくれなかったら…柳の部活に支障が出てただろう?」

「そう、避けたから問題はない
"かもしれない"事を気に病む必要はないんだ
堂々巡りになるからな

そんな事よりも、お前は英語を気にかけるべきだと思うぞ?」


え、英語?
わっつ、英語

柳は頭が良いから無駄な事はしないだろうが、頭が良すぎるせいもあってか俺は柳の言っている意味を理解できない事が多々ある

そして、柳がデータマンであるが故に、その言い方は酷く回りくどいのだ
さながら、数学の方程式や推理小説のように、柳の言葉の結論は最後に来る…、結論の理由を予め述べるようにして

柳が述べているであろう理由で、答えを察する事ができないのはきっと俺が馬鹿だからなのだろうな


降参です、と、首を振る俺をフッと笑って、柳は謳うように継げた

「次の英語の授業で、抜き打ちの小テストがある確立
93パーセント…、否、100パーセントだ」


それはいけない、俺は最後にもう一度、「ごめんな」と頭を下げて柳の教室を飛び出した

次の英語の抜き打ち小テストで、友人と点数勝負をする事になっていたのだ
その勝負には罰ゲームがあるため、絶対に負けたくはない
…いや、負ける訳には行かない

柳に点数勝負の話はしてはいないが、彼の事だから知っていても不思議ではないのが恐ろしい所だ






side.蓮二


俺の幼なじみは人当たりも良くにこやかで、贔屓目なく自慢の親友であると言える

成績も(飛び抜けて良い訳ではないが)悪くなく、かといって堅苦しい訳でもなく、時にはおどけて人を笑わせて見せたりと、欠点らしい欠点が見当たらない程の良くできた奴だった

しかし、無くて七癖ということわざもあるように、どれだけ完璧な人間であろうと、なんらかの癖を持ち合わせている物だ

その、名前の欠点のひとつがずばり寝起きの悪さであった

「名前には反抗期らしい反抗期は来なかったけれど、目が覚めて少しの間だけ反抗期が来るみたいなの」

彼の母親はそう称して苦笑した


いつからから自分の仕事となっていた名前を起こすという作業に移りながら、普段の姿とは似ても似つかない姿に…、俺の唇からもやはり苦笑が漏れた
数少ない短所のうちのひとつであり、家族か俺くらいしか知り得ない貴重な一面である


「名前、起きろ…、名前?」


この後目の座った名前に噛み付かれそうになるなど、想像もしていなかった

いつもの彼の報復方法は主につかみかかる、叩く蹴る、ひたすらに無視等の比較的無害なものだったのである

俺が十分に注意して対応にあたれば、寝ぼけた相手につかみかかられようがないし、叩かれたりけられたりする訳がない
…、噛みつこうとされた時も驚きはしたが難なく回避ができたのだから、なんら問題はない

それでも、この事を思い出した名前は詫びを入れに来るであろう事も(確立、100パーセントだ)目に見えているのだった

本日も俺のデータに狂いはなく、詫びを入れに現れた名前を送り出した
この様子であれば、彼に教えた英語のテストも100パーセントの確立で実施されるであろう

その後彼を見たのは昼休みを過ぎた、授業の合間の準備期間だった

名前は男子生徒数人に囲まないながら、俺の教室の前を過ぎて行く
その様子からは今朝のような、じとりと座った瞳をしようとは想像もつかない程に、純粋無垢であった


「なぁ、頼むよ! 世界史が死ぬほどやっべぇの
ほら、俺の命の次に大事なガムやるからよぃ!!」

「ははっ、やだよ
第一、丸井のガムは俺には甘すぎるし、命の次はガムじゃなくてテニスでしょう?

テニスといえば、勉強関係なら柳に教えて貰ったらどうだろう」

「参謀と勉強なんぞしてみんしゃい…、いつの間にやら秘密という秘密が丸裸ナリ
そういえば、ウチの参謀とは幼なじみらしいのう?」

「うん、そうだよ
それにしても、仁王を丸裸にするのはあの柳でも一朝一夕じゃあ難しいんじゃないかな?」



文庫本から目線を反らさないまま、聞こえてきた会話に眉を顰める
丸井の勉強の指導等という面倒事を俺に振るのは、いけないな

早めに釘を刺しておく事にしよう






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