柳くんのジャージを汚してしまった

ただのジャージではない
テニス部のレギュラーメンバーのみが持つ、この学校で8人しか着る事の許されない大切なジャージだ

傷口を抑えようにも、手を伝って落ちる血がジャージを汚してしまうとおもうし、かと言ってほうって置いても血は垂れて来て結局ジャージは汚れてしまうだろうし…

酷く焦りながら血に濡れた手のひらを眺めていると、何かが凄い勢いで此方に向かってきて、私の上で真っ青になっていた男子生徒が、その何かに跳ねられた

いや、蹴り飛ばされたようだ


男子を蹴り飛ばした柳くん(何かの正体は柳くんだった)はその無駄に長い足で容赦なく二撃目を入れ、流れるような美しい動きで私の傍らに膝をついた

あの柳くんが、まさか人を蹴り飛ばす姿を拝むことになろうとは、廊下に集まったヤジ馬達も、私を蹴った女の子ですら思わなかっただろう

私も思わなかったもの

柳くんの喧嘩も暴力も、全て法廷の中で書類を片手に極めて平和的に行われるのだろうという印象があったものだ


「名前っ! 頭を打ったのだな
止血をしなければ…何故傷口を抑えないんだ!?」

「や、でも、ジャージが…」

「ジャージなんて構わなくて良い、早く袖で抑えてくれ…っ!」

「あ…、うん…」


柳くんに言われるがまま、袖を伸ばして頭をぎゅうと抑えた

今になって傷口が痛んできた
まるでそこに心臓が移動したかのようにズキズキ、ドクドク、と波打っているんじゃないかと思った位だ


柳くんは私を軽々と抱き上げると、「保健室に行くぞ」と言って顔を上げた
かくいう私も保健室に向かっていたし…

と、いうことは、柳くんの進行方向には柳くんのファンであり私を蹴った女の子が居る訳だ

柳くんは確かにその女の子を見て、はっきりと舌打ちをかました


や、柳くんが…舌打ち?!


チッ、という乾いた音と共に、女の子がビクリと肩を震わせたから、きっと彼女にも舌打ちが聞こえていたのだろう

柳くんはその子の横をすり抜けて、私を抱えたまま三段飛ばしで階段を駆け下りた

凄い早いにも関わらず、余り揺れないものだから驚きだ


というか、柳くんは、あの子が私を蹴った事を知っていて、だからあの子を見て舌打ちをしたのだろうか?


「柳、くん、柳くんは…あの…、知っているの?」


真っ直ぐ前を向いていた柳くんの瞳が此方を向いた


「お前に関する事ならば、他の誰よりも知っているつもりだが…?」

「そ、そうなんですか…」


じゃあ、私の左足の甲にちょっと大きな黒子が有るのも柳くんは知っていたりするのだろうか?

聞いてみたいような、怖いような…なんだか、良く判らない

頭が、回らない


「柳、くん…、なんだか、眠いや…、おかしいなぁ」

「…名前?」


最後に柳くんの不思議な表情を見た気がしたが、瞼が重くてかなわずに視界が途絶え、その後を追うように意識も途絶えてしまった



次に目が覚めた時、私はベッドで横になっていた

保健室ではないし、私の部屋でもない

服はYシャツに変えられていて、部屋の隅には保健室においておいた筈のブレザーがハンガーで吊られていた


「あら、起きたのね?」


傍らには白いお皿を持ったおばさん(母の姉だ)が微笑んでいた


「軽い栄養失調と、寝不足ですってよ
頭の傷も軽い擦り傷だったし、脳にも異常は無し、右半身は打撲しちゃったみたい
一週間くらい痛むかもしれないから、体育と部活はお休みしなさいって、お医者さんが言ってたわ」


そう言って、真白さんは笑った
とりあえずは打撲だけで済んで良かった


母は仕事で忙しいし、父はとうの昔に離婚しており、ずっと不在のままだ
帰ったら母になんと言われるか…、とても気が重い

真白さんが近くに住んでいて、本当に助かったなぁ


「それにしても、凄いわね、彼氏が人気過ぎて苛められちゃうなんて、青春だわ」

「…今回のは関係ないよ、不慮の事故で男子とぶつかっちゃっただけなんですから」

「そうなの? なにはともあれ、…柳くんって言ったかしら?
凄く心配してたわ

綺麗な子だったわね、大人しいし、名前ちゃんには合ってるんじゃないかしら?」

「その手の話はちょっと…、やめて欲しいです…」

「もう、照れちゃって!

あら、点滴終わったわね」


言われて気づいたが、私の腕にはいつのまにやら管が刺されていた

真白さんに呼ばれた看護婦さんが私の腕から針を抜いて、小さい絆創膏を貼り付けた

「お風呂は入って大丈夫だけど、針を刺してた場所と頭の傷口はゴシゴシしちゃだめよ?」

看護婦はさんにそう説明を受けて、私はすんなりと退院をした
…入院ですらなさそう


柳くんには沢山迷惑をかけてしまったから、テニス部になにか差し入れでも買って、届けてから帰ろうか

時計を見るととっくに部活動は始まっている時間となっていた

ふと、病院の売店を見ると、「骨折しました」なんてキャッチフレーズのかかれた骨型のクッキーが売られていた

これを折ったりかじったりして食べるのか…これは、些かブラックジョークすぎるのではないだろうか

つい、三箱も買ってしまったが

差し入れはこれで決まりだ



病院には鞄も持ってきてあったが、荷物は全て真白さんに任せて、骨クッキーを片手にとぼとぼと歩きながら、立海を目指す

保健室と職員室に寄って無事を伝えて、テニス部の活動しているテニスコートへと向かうと、私を跳ねた男子生徒が柳くんにマンツーマンで扱かれているのが真っ先に目に入って来た

え…? 柳、くん…?

ゴシゴシと目をこすってみてもでき状況は変わらず、柳くんは私と本を片手に談笑する時とは似ても似つかないオーラを纏って男子生徒と対峙している

というか、私を跳ねた男子生徒、テニス部だったのか


「あ、名字さん! 怪我はもう良かったの?」

「うん、ありがとう、幸村くん ご心配をおかけしました」


私にいち早く気づいた幸村くんと社交事例を交わしていると、なにやら不思議なもじゃもじゃ頭の少年が駆け寄って来て、フェンスにしがみついて叫んだ


「あぁああ!先輩!!
はやく、柳先輩の機嫌を直して下さいよお!」


なんだか必死なもじゃもじゃ君には残念だけれど、私は柳くんの機嫌の直しかたなんて解らない

私は謝罪を込めてフェンスの間から出ていた指にそっと骨クッキーを握らせて幸村くんに招かれるままテニスコートの傍らへと入った


「差し入れ? へぇ、クッキーか
何、名字さん骨折しちゃったの?」

「いいえ、ちょっとした打撲だけで済みました」


「ふうん…、蓮二!
瀬田虐めも気が済んだろう? 名字さんが来たけどどうする?」
柳くんはバッと此方に振り向いて、直ぐに寄って来た
柳くんがいつも何かを書き込んでいるノートがベンチに置いたままになっているのだけど、良いのだろうか?

そして幸村くんが差し入れの骨クッキーをボリボリとかじる様子は、何故かとても様になっていた




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