私の机の傍らに仁王立ちを決め込み、ピタリとも動かない柳くんはさながら人ではない何かのようであった
…例えるならば、背後霊とか、守護霊だとか?

それがあんまり暇そうなので、保健室ですっぽかしてしまった社会の授業で使ったプリント(教室に戻って来た時に幸村くんがくれた)を柳くんと一緒に解く事にした

柳くんが屈みこんでプリントを覗きこむのを横目に教科書を開いてプリントの空欄や問題の回答を書き込んだり、柳くんに間違いを指摘されたりして時間を潰す

先ほど柳くんに睨まれて(しかし怖がるどころか笑顔で)「あぁ、そうだ、そろそろブン太からお菓子を取り上げなきゃいけないね」と、教室を出ていった幸村くんが両手にお菓子を持って帰って来た


「丁度良かった
プリントの問12がどうしても解けなくてね、一緒に考えようよ」

「わぁ、ぺこちゃんの棒付きキャンディとか、なつかしいなぁ」

「せっかくだからあげるよ
でも、真田がうるさくなるから食るのは帰ってからね?」

「えぇ? それを貰ったら丸井くんに末代まで祟られそうだから、いいや いらない」

「ふふっ、いくら食い意地張ってるブン太と言えど、蓮二の子孫は祟らないよ

だって、今の所名字の子孫イコール蓮二の子孫である可能性が高いじゃないか」

「おい、精市…」


私達はまだ中学生だし、キスは愚かまともに手も繋いだ事もないのだから、幸村くんは些か気が早すぎると思うけどなぁ

あんまり柳くんが淡泊なものだから、柳くんは自分に言い寄る女の子除けとして私と付き合いだしたのではないかという、"仮面カップル"説を提唱している位なのだから


柳くんが幸村くんをたしなめるように名前を呼んだのをきっかけに、プリントに視線を戻す

…何故か空欄は無くなっていた
幸村くんが苦戦したという問12の解答欄にもちゃんと答えが書き込まれている


「こら、柳くん…、これは私の授業で出た私がやるべき課題ですよね?」


柳くんは最初こそ、違う、知らない、俺じゃない、と知らんぷりを決め込んでいたが、「嘘吐きは嫌いなんだよなぁ」と軽く脅せば「授業に出れない状況に至ったのは俺のせいでもあるのだから、これぐらいはしなければな気が済まない」と白状した
更に「解らない問題があれば、各問いの解説もする」とまで宣言したのだから驚きだ

しかし、下手をすれば柳くんが教えてくれたほうが、先生よりも分かりやすそうであるから、なんとも先生泣かせである


気がつけば幸村くんが、私が柳くんを尋問している間に私のプリントを拝借して答えを移していたのだった

その後、予鈴が鳴り、心配そうな表情を浮かべながら渋る柳くんをなんとか教室へと送り出した

私の教室にも先生が入って来て、「名字、お前いつのまにテニス部レギュラーにのし上がったんだ?」とちゃかして来るものだから、恥ずかしくて仕方がなかった


「あぁ、忘れてた!
君なら変な事はしないだろうから、部室の鍵を預けておくよ

昼休み、蓮二とお弁当でも食べながらでいいから…、今度こそちゃんと話し合いしなきゃね?」

「わ、分かった…」

「まぁ、何かあったら蓮二に責任を取らせるから良いんだけどね
ふふ、あさりたければあさっていいし、思う存分荒らしていいよ?」

「…、遠慮します…、鍵も要らないです…」

「あらら、いじめ過ぎちゃったかな?
気にしなくていいんだよ?」


化け物テニス部なんかに、お近づきになんかなるものか…

幸村くんの隣の席で、柳くんと曲がりなりにも恋人同士となれば、もう遅いかもしれないけれど…

私がため息を漏らすと、それに目ざとく気づいた先生に問題を当てられた

幸村くんなんて、テニスボールに当たってしまえばいいんだ

私の心の声を知ってか知らずか、幸村くんは此方を見て爽やかな笑顔を浮かべた

「本当に、蓮二にはもったいない子だなぁ」

…、それは、私が至らないという事だろうか?
なんだか情けなくなって俯くと柳くんのジャージの襟にすっぽりと唇元が隠れてしまった

柳くんのジャージはやや固い素材でできており、素肌に直接触れるとチクチクとした
Yシャツ位なら、もうかわいているかもしれない

この授業が終わり次第、保健室に寄ってみようかな…



授業が終わり、幸村くんに保健室に寄る旨を伝えてからのんびりと教室を出た

こればかりは、私が軽率だったと言わざるをえない

保健室に向かう途中の廊下で鉢合わせたのは、私に柳くんとの離縁を迫った女の子達の内の一人だったからだ

彼女はレギュラージャージを着た私を見て大層驚いた後、ギロリと私を睨みつけた


「それ、もしかして柳くんのジャージ?
それはあんたが来て良い物じゃないのよ?! まったく、テニス部への冒涜だわ!!

だいたい、柳くんのお情けで彼女になった癖に…、あんた本当におこがましいのよ!」


がっちりとジャージの首元を掴まれて、ジャージの裾が持ち上がる程引っ張られる
ひぃ、ジャージが伸びてしまう…!

貸して貰っている身の癖に、ジャージの胸元を伸ばしてしまったなんて、柳くんに申し訳がなさすぎる

そして、どうやら持ち上がったジャージの下からへそチラしているらしく、お腹がスースーする

遠巻きに様子を窺っていた男子がどうみたって私のお腹に目線が行ってるのだ
そりゃあもう、とんでもなく恥ずかしい


「や、あの…、柳くんのジャージが伸びちゃいますから…!
私の事は叩いても蹴っても構いませんから、柳くんの迷惑になるのでジャージからは手を離して下さいませんか…?」

「じゃあ、迷惑だから別れなさいよ!」


彼女は私の願い通り、ジャージから手を離してくれたが、これまた願い(願いというより交換条件だったのだが)通り、私のお腹にに蹴りを入れた

君、柳くんのレギュラージャージに、上履きとは言え靴を押し付けるとは…、矛盾してるよ
やっぱり、恋って、盲目だなぁ

とはいえ、無防備なお腹を蹴られてふらつき、数歩下がった私の真横で「ガラッ」と扉の空く音がして、
「なんか、廊下で女同士の喧嘩してんだって!」
「やっべ!リアル修羅場じゃん!」
なんて声と共に飛び出して来た男子に跳ねられた

うん、あれはまさに"跳ねられた"と形容されてもおかしくない衝撃だった


私と衝突し、もつれる用にして倒れ込んで来た男子の肘が運悪く額に当たり、一瞬クラリとした

女子からの蹴り、男子の肘撃ち、廊下に強かに体を撃ち付け、更に上に男子が倒れ込んで来るという凄まじい4重苦を味わい、痛さも吹っ飛んでしまった私は最早唖然としていた


「悪い…大丈夫か?」

「私まだ生きてるっぽいし、大丈夫だよ」


へらりと笑って見せたが、私の上に乗った男の子は笑いもせず、顔を真っ青にしていた

そういえば、さっき暑くもないのに汗が垂れた気がするなぁ…

気になったので、手の甲で頬をぐいと拭うと、その手は赤く染まっていた

「え…?」


ぽたり


唖然と血濡れの手を見つめる私の袖元に赤い滴が垂れて染みを作った

や、柳くんのジャージが…!




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