「まさか蓮二が甲斐甲斐しく尽くすタイプだったなんて、信じられないよねぇ」


前回の席替えから私の隣の席となった幸村君が頬杖をついて、ふわりと微笑んだ

その様子をじろりと(珍しくキャラメル色の瞳が覗いている)横目で睨んだのは他でもない、柳蓮二なのであった

何故別のクラスである柳蓮二が私のクラスに出向いているかというと、彼と付き合い出した私に対するイジメモドキがはじまったためである


ここから少しばかり回想を挟ませて貰いますと…


呼び出され多人数で囲まれ、

「別れろ!」

と言われた時には

「告白は柳くんからだったので、多分相当渋られると思いますよ?」

と真顔で返してしまったし

じゃあ体で取り入ったのか!と睨まれても、私は彼とそのような行為に至った事はない訳だし
中学生の色気なんてたかがしれているのはお互い女の子として良く理解している事だし、いやはや恋する女の子とは不思議なものである

私は今までイジメらしいイジメにあった事は無かったので、憤る彼女達には悪いが少しワクワクしていたのだ
だから彼女達の代表者から平手打ちをくらった事も私が受けるべき罰だと思っている

つまり、彼女達に怒っている訳でもないし、柳くんに怒っている訳でもない

ジンジンと痛む頬を撫でながら教室に戻ると友人が「きゃあ!?」と化け物でも見たかのような声を上げて駆けよって来たのには心底驚かされた


「そんなに酷い顔してるかな?」

「バッチリ腫れてるわよ! 鏡見なかったの?!」

「女の子の力で腫れたりするなんて、思わなかったからね」


そんなに腫れているなら、このまま過ごすのは恥ずかしいかも知れないなぁ…

こんな事を悩むのも初めてなもので、私は頬が緩むのをこらえきれなかった


だって、凄いじゃないか

彼女達の言ってる事とやってる事、全然筋が通ってないのだが、彼女達はそれが当然当たり前だと思ってやっているのだ
柳くんの為をうたいながら、柳くんのためにならない事ばかりをしているのだもの

恋って、凄い これぞ青春かぁ、と、しみじみ考えて居た所で教室の扉がガタタンッ!!と大きな音をたてて、文字通り柳くんが飛び込んで来た

180センチという長身の彼が教室に走り込んでくる様はとても圧倒されるものであった

教室の隅では「教室で蓮二の息が切れる姿が見れるなんて、面白いや」と、幸村君が携帯を片手に笑っていた

見れば柳くんの手にも携帯が握られている
なるほど、幸村君が柳くんに教室の情報をリークしたのか


「名前…、その、顔は…」


酷く怯えたような様子で私に歩み寄りながらこぼれた彼の言葉は授業開始5分前のチャイムに飲みこまれ、かき消されてしまった


「柳くん、私の事はひとまず後回しにしましょう

ほら、教室に戻って、授業に使う教材の準備をしなくちゃいけないよ」


自分の頬に手を当てたまま微笑んで、柳くんを教室から送り出した

それを静かに見守っていた幸村くんはとうとう声を上げて笑い出してしまった
きっと私達の事を笑って居るんだと思うと、どうも気分が悪かった


「ふふっ、名字さんったら、蓮二のお母さんみたいだ

平気だって言うけど、女の子なんだからそのままにしておいたらダメだよ?
保健室、付き添ってあげるから」


幸村くんが私の両手をガシリとつかんでホールドするので、手のひらが頬を離れてしまった

そのまま大きな世界地図が丸めて納められている筒やプロジェクタ−を抱えて現れた社会の先生に「名字さんと保健室に行ってきます」と笑いながら声をかける先生は腫れた私の頬を見てか、はたまた私や幸村くんが授業を真面目に受けてテストの点数も良い優等生だからか、「ええ、送ってあげて下さい」と快諾した

みんなのアイドルテニス部の部長である幸村くんと連れ立って教室を出るなんて、もっと酷いイジメにあいそうだけど…

そんな懸念を知ってか知らずか、幸村くんはわざわざ私の手を引いて歩き出した
頬が腫れたって、目は見えるのだから一人で歩けるんだけどなぁ…

後で私が不思議そうに幸村くんを見つめる様子が柳くんから丸見えだったと

「あの蓮二の顔! ふふっ、本当に、どうかしてたよ!」と幸村くんから面白おかしく聞かされた

幸村くんこそ、どうかしてるよ…、なんて、言える訳がなかった


「俺は外で待ってるから、先生に湿布でも貰っておいで?」

「…分かりました」


ここまで来てしまったからには、仕方がない
私は諦めて俯き気味で保健室の中へと入った

保健室の中には既に生徒がおり、私はその生徒の顔よりも手首に貼られた湿布の白さの方が目を引いてしまい、そればかりを見つめていた

すると私の存在を確認したその女子生徒はくるりと此方に向きを替えると、その手にあった物を私に投げつけた


バチャリ、コロリ


どうやらそれは水と氷が入れられた袋だったようで、流しに中身を捨てようとした所だったのだろう

フタが開いていたそれは私に当たり盛大にその中身をぶちまけた

水がブレザーやシャツに盛大に染み込み、氷が床に散らばった
良く冷えていたそれらは酷く身に染みた


驚いて顔を上げれば、その女子生徒はなんと、私をひっぱたいた張本人だったのだ

呆ける私を横目に彼女は「良い気味!」と、不快感を露わにした様子で叫んで保健室を飛び出していった

その声を聴いた保健室の先生がベッドを囲むカーテンの中から顔を出して酷く驚いていた

扉からは幸村くんも顔を覗かせていた


「名字さん、喧嘩かい?
それから、一人凄い顔で女の子が出て行ったけど…

あれ?水も滴る良い女じゃないか」

「…、柳くんが悲しむから惚れないでね」

「ふふっ、それは残念だ

そのままじゃ風邪をひくね
ジャージを取って来てあげるから、そのまま待ってて」


"ふうん、水色かぁ"と幸村くんは囁いて消えた

ブレザーを脱ぎかけていた私はピタリと動きを止めて視線を下げてみた
なるほど、下着が透けて見えるなぁ


「あら、あらあら…、どうしちゃったのかしら…」


ベッドから運んできた毛布を私にかけて先生は困惑して見せた




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