犬を飼いました
その犬は少年の親友となりました
その犬はイタズラが好きで、よく食べ物をつまみ食いするので太ってしまいました
直に階段も上れなくなり、少年が犬を抱えて階段を上ったり、降りたりさせなければならなくなりました
過度の肥満が健康に悪影響を及ぼすのは当然の事で、犬は早くに亡くなってしまいました
少年は酷く悲しみました
なんとも悲しい話だ
何を思って、作者はこんなストーリーを思いつき、何を思って本にしようと思ったのだろうか
中学生の図書室には似合わない絵本コーナーから適当に選んだ本はそんな内容だった
絵本には学ぶべき教訓が示されていたり、思わず笑顔になるような幸せな夢物語が記されているものだと思っていたが、実はそうでもない
この事に気付いた私の最近のブームは絵本の内容に関する考察となっていた
"たとえば"ではじまり、"おそらく"の域を出る事の無い、意味を持たないこの行為が堪らなく楽しかったのだ
絵本の表紙を眺めながら乱立する疑問を整理していると、机の向かい側の椅子が静かに引かれた
「同席しても構わないだろうか?」
「……柳くん、他に空いてる席はありますよ
誰も座ってないテーブルすらありますから、そちらに行かれては如何ですか?」
「まぁ、どうぞと素直に言われる確率は24パーセントだった…、想定の範囲内だ
俺はお前と同じテーブルに座りたいのだが、構わないだろうか」
最初の台詞を繰り返すように、もう一度「構わないか」と繰り返した柳蓮二に、一瞬にして胸が重く爛れたような気がした
「……はぁ、残念ながら、此処は公共の場ですから、私に拒否権はありません
お好きになさって下さい」
あれから彼とは小説を貸し会う仲となり、なにかと理由を付けて彼は私に声をかけ、行動を共にするようになった
元より彼の好んで読んでいたジャンルは私好みではなく、借りた小説はなんとか読み切るものの、なんだかしっくり来ない事が殆どだった
それを素直に伝えると、彼は「興味深いな」と告げ、次は私好みの本を貸してくれと宣った
私は後日、渋々一番お気に入りのファンタジー小説を手渡した
空想と現実がリンクするという、現実味を残しつつも不思議な世界観に惹かれた作品だった
陶器でできた龍が動き出した時は心が踊ったものだ
しかし、その話を読んだ彼は
「主人公が思い浮かべた龍が主人公の迷いに対するヒントをかきつけるとは、即ち自分の脳内で自問自答をしているという事だろう?
そのような心情の整理はしたことが無かったな」
と笑うのだ
あれは、本の中のお話であって、その世界では陶器の龍が自分の意志を持ったって良いじゃないか
主人公と龍は心で繋がって、いるのだとか、そういう解釈はできないのだろうか
彼はやはり私とは違う思考の持ち主だった
例えば数字の「1」を見せたとしたら、彼は「1」は「1」だと答えるだろう
しかし私はそれは「↑」のなり損ないにも見えるし、漢字の「一」を立てた姿のようにも見えると思う
鉛筆に見える人もいればロウソクに見える人もいるかもしれない
「1」の持つ多面性にどうしようもなく惹かれるし、他人の目に映る「1」の姿が知りたいと常々思っていた
人間は思考の共有ができない生き物だから…、悲しい事だと思う
「1」が「1」である事なんて、分かりきっている
そんな大前提な事を聴いたって面白くないもの
私が欲しているのは、ど真ん中ストレートではなく、変化球なのだ
「…名字、お前から得たデータを元に、お前が好きだろう小説を見つけて来た
俺の本はあまり気に入らなかったのだろう?
これならお前の趣味にも合うだろうから、読んでみてはくれないか?」
「え…、その本、わざわざ買ったのですか?」
「あぁ、お前に渡そうと思ってな」
柳蓮二が鞄から取り出したのは厚さが二センチ以上もあるハードカバーの小説であった
私がいつも買う本は2000円前後しているし、誕生日プレゼントでもなければ私は他人に買い与えたりはしないだろう
中学生にとっての2000円はほいほい使える額ではないものだ
とて…
「とてもじゃないが受け取れない、と、お前は言うだろう
勿論、ただで渡す訳ではない
もしもこの本がお前の好む内容であれば、それを受け取り、俺と付き合ってほしい」
「つ、きあう…?!」
テニス部の三強の一角、引く手数多なあの柳蓮二から交際を申し込まれる等、誰が想像できただろう
「貴方は、何が望みなのですか?
私は例えお付き合いを始めようと今以上の事をするつもりはありませんよ」
冷静に考えてみると、毎日なにかと顔を合わせており、物の貸し借りまでできる人は彼ぐらいだった
私とキスがしたいのだろうか?
セックスがしたいのだろうか?
私はそれらに嫌悪感を抱いていたもので、柳蓮二がそのような目で私を見ていた等、思いたくないが…
「…男女間の行為の事は考え無かったと言えば嘘になるが
そんなものよりも、お前と共に居られる権利が欲しかった
到底信じられんかも知れないが」
「…隣に居る、権利…?」
柳蓮二はやはり私とは違う思考の持ち主であった
しかし、隣に居る権利を得たいから恋人になろうなどといった考えかたは、なかなか嫌いじゃあ無かったもので…
私と柳蓮二の形ばかりの交際が始まったのはそれから一週間後の事であった