side.幸村精市


「蓮二、たしか名字名前さんと同じクラスだったよね…?!

早く教室に戻って!」

「精市…?」

「早く!」


蓮二は訳が解らないといった様子ではあったけど、彼は頭が良いから間違いはおこさないだろう
この場合の間違いとは、名字さんを悪者扱いする事なのだけど

俺の命令を聞いて教室方向に走り出した蓮二を見送って、俺は七瀬透を追いかけた


「七瀬、透くん…だよね?」


先ほど別れたばかりの後ろ姿を見つけて、その腕を掴む

七瀬透は振り返るや、やはり俺を見て不快そうに睨みつけた
誰かに睨まれるなんて、正直久しい事だった


「俺は名字さんに助けられた恩も返せてないのに、こんな事になってしまったから…

彼にかかってる誤解を解きたいんだ
たのむ、協力してくれないか?」


七瀬透は俺を頭の先から足の先までじろりと見回して、あろうことかため息を吐いた


「お前の気持ちはわからなくもない
かくいう僕も君と良く似た境遇だったからね

けれど、名字には近づくべきではない
彼の住む世界は僕達のそれとは違う

重なり合ってはいるが、けして交わる事は無いまぁ、つまりは、お前に出る幕は無いという事だよ」


訳が分からなかった
住む世界が違うから、俺の出る幕は無い

それでも確かに俺は彼に手を引かれて、救われたのだから、本当に住む世界が違うのならば俺達が出会う事など無かった筈なんだから

七瀬はじっと俺の顔を見つめた

まばたきもせず、かといって目と目を合わせている訳でも無い
ちらちらと黒目が揺れる様子を見ると、なんだか彼は頭のおかしな人なんじゃないかとすら思った


「君は名字の力を知っているね? 知らないなら察してくれ

名字はいわば人間の進化の形の一つだ
突然変異とも言えるけどね

故に、彼の死体には27億4910万円の値がついているんだ

はは、不思議だよね、同じ人の腹から生まれたのに、彼はこんなにも特別なんだ

あ、今、怖いと思ったね?
分かるさ、俺は名字の為に努力を惜しまなかったもん

君の思っている事、手に取るように分かるよ、まだあきらめてないんだね

じゃあもうひとつ、教えてあげようか
特別に分かりやすくね

名字のパトロンは偉い人だ
大富豪に、世界を担う大企業の社長、大統領さ

彼らは命を狙われる機会も多い事くらいは想像がつくだろう?

みんな名字をそばに置いておきたい
でも名字の体は一つだけだから、取り合いになっちゃうねぇ

そんな中、ちょっぴりテニスの上手い幸村精市くんが名字の友達だって知ったらどうする?

あぁ、分かった?そうだよ、その通りさ

君程度じゃ彼の足枷にしかならない
かくいう俺だって、こんなに頑張っても、彼の支えにすらなれないんだから

君なんかが彼の役に立てる訳が無いじゃないか!」







side.名字名前

透君の帰りも遅いし、柳蓮二が現れてからというもの、クラス内の空気が居心地悪いので、俺はクラスを抜け出て透君を探す事にした

なんせ、透君は俺の携帯を持ったままだ
まぁ、誰かから連絡が入るなんて事は無いだろうけれど

何を思ったか、柳蓮二がさも当然のように俺の後に着いて来たのは少し驚いたが


「部室の前だ」


ただ一言、柳蓮二はそう言って先を歩き出した

透君は柳蓮二の言ったように部室の前におり、幸村精市に対してなにやらよからぬ事を熱弁していた

普通の人が聞けば到底信じられぬ話であるし、透君は俺と同類の奇人変人として知られているので相手にする者など居ないだろうが、語りかけている相手は幸村精市であるし、俺の傍らには柳蓮二も居る


「透君、ちょっとばかりお喋りが過ぎるんじゃないかな?」


今のは事実なのかと迫られた所でシラを切り騙せる自信もあるにはあるが、さて、どうしたものか


「それに、27億じゃなくて…、先月の入札で31億2040万円に値上がりしたんだけどね」


そう言って透君にでこぴんした時の幸村君の顔ったら、本当に面白かった

透君は正に絶望でもしたかのような表情をしていた
別に取って喰いやしないのになぁ、怒っている訳でも無いし

多分、まだ大丈夫
彼等が調べて回ったとしても、分かる事など一握りも無いはず

調べ回る所か、テニス部の活動で忙しくてそれどころじゃないかも知れないけどね
むしろ、そんな無駄な事はせずに素直にテニスに取り組んでくれると有り難いが…


そんな事より透君だ
彼が変に背伸びをしているのは知っていたが、これ程切羽詰まっていようとは

透君は後で、二人で良く良く話し合う必要があるな


透君はまごうことない一般人である

彼は自分と俺が同じ世界に居ても別の世界に生きている事を良く理解していた

それでも俺の側にいたい、俺を理解したいと、化け物になろうと努力してきたのだろう

それでも、化け物は生まれながらにして化け物である
しっかりと人間として生まれて人間として育った透君はいくら背伸びをしたって化け物にはなれない

それに、俺が透君を拒まないのは、彼が化け物になろうとしているからではなくて、彼が人間であるからこそなんだけどなぁ

よく男女の友情が成立するのかという議題が上がるが、それに似ていると思う

化け物と人間の間に、友情は成立するのだろうか

この調子だと、難しそうだなぁ




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -