幸村精市の想わぬ発言に、俺は言葉を失っていた

今までも、何度かヤバそうなモヤを纏った奴を助けて来たが、自分がそうなったであろう場面を見たのは、幸村精市が初めてだったのだから

たまたま幸村精市が、感受性豊かな人物であって、たまたま「こうなってしまうだろう」と予想した結果と、俺の見た情景が一緒だったのかも知れないじゃないか


「…、まぁ、お前
左脚どころか全身無傷なんだから、良くない?」

「君が助けてくれたからね…、ありがとう」

「はは、素直お礼言われたの、初めてかも」


ついつい、無表情が崩れて笑みを浮かべてしまったが、それを見た幸村精市は酷く驚いたような表情を浮かべた


「精市っ! 大丈夫だったのか…? 怪我は…」

「蓮二、俺はこの通り、怪我一つ無いよ
彼のおかげだ」

「…、そう、か…」



"何故、"

"何故、何故、何故、"

"どうしてコイツは、事が起きる前に、動き出せたんだ…?!"

"まるで、こうなる事が分かっていたかのように!"



沢山のヒトリゴトが雪崩のように頭の中に飛び込んで来る中、一際大きく響く柳蓮二のヒトリゴトが俺を酷く怯えさせた

小学生達が幸村精市の背を押す前に動き出したのは、まずかったかもしれない

柳蓮二に、ばれるかも知れない

そうしたら、彼はきっと、俺の事を…、化け物だとか、俺達とは違う何かであると罵るだろうか



「どうしよう、完全に腰が抜けてて…立てないや」


場の空気を吹き飛ばしたのは、幸村精市のこの一言だった


それを聞いた柳蓮二は"抱き上げる"、"背負う"、"否、精市と俺のテニスバッグもある"、"無理だ"、と、素早く思案しに入ったかと思えば簡単に断念した

それがなんだか、もう、おかしくておかしくて…


「テニスバッグとか、鞄は俺が持つから、幸村くんを持ってやってよ

一応病院に連れて行こう…、この近くに病院って、あるのかな?

事故に巻き込まれかけた訳だし、パニック障害がでるかも」

「すまない、そうして貰えると助かる
精市、背負うから、腕を回してくれ」

「えぇっ、おぶされって言うの?
やだよ、そんな、ダサい
無理、断固として拒否するから」

「…、精市、わがままを言うな
素直に背負われないなら、弦一郎を呼んで、横抱きで運ばせるが…?

幸い、まだ解散して間もない
近くに居るだろうからな」

よほど嫌だったのだろう

携帯を取り出した柳蓮二の背中に慌てて身を預けた

はずかしそうに顔を伏せる姿とは打って変わって、"くそ、蓮二め、明日の練習でギタギタに扱いてやる…"なんてヒトリゴトが聞こえてしまい、俺は吹き出しそうになるのを必死でこらえなければならなかった

テニスバッグ2つと自分の勉強道具が入った鞄を背負って歩くのは、なかなかに骨が折れる重労働だった



「何も異常は無かったよ」


柳蓮二に背負われて病院に着く頃には、幸村精市はすっかり立って歩けるようになっていた

俺は早々に一人で帰路につくつもりだったのだが、柳蓮二ががっちりと俺の腕を掴んで離さなかったのだ

"精市がどうしても帰すなと言うからな…"

"仕方がない"

…仕方がなくないだろ、常識的に考えて!

そうしてやっとこさ、幸村精市が診察室から出てきたのだった


「あーあー、なんか言いたい事があるんだろ?
俺、さっさと帰りたいから、早く済ましてくれない?

関わっちまった以上、なんでも答えてやるよ…、まぁ、当事者の幸村精市だけな」


幸村精市はきょとんとした後、柳蓮二に一人で帰るようにと促した

「病院で話すのもなんだか変だよね、場所を変えようか」


…………


「じゃあ、早速だけど聞かせて貰うよ

どうして、俺にテニスができなくなったら、なんて話をしたんの?
そして、どうして俺を助ける事ができたんだい?」


「幸村くんは、せっかちだなぁ
ううんと、何故かっていうと、見えたがらだよ

君の左足が取れた所がさ

助けたのは、気まぐれ
君だけじゃなくて、色んな奴を助けたりしてるからね」


サブウェイのサンドイッチをかじりながら、俺は笑った

どーせ、なるようにしかならない
気味悪がられるにしろ、嘘吐き呼ばわりされるにしろね


「俺、幸村精市くんにとってのテニスみたいに、熱中する事がないから分かんないんだよね

もし、俺が助けたりしないで、結果片足がもげたとしてさ、これも運命だって、受け入れられるのかなぁ、って

奇人変人呼ばわりとか、死神扱いとか、いい加減うんざりなんだ

そろそろ、知らん振りしたい気分なんだよね

普通の人間のふりがしたいっていうか、普通の人間になりたい
君の事を見捨てようか悩んだから、意味無い事聞いちゃったの」


「見えるって、どういう事なの?」

そのまんまの意味なんだけどなぁ


「俺の目は生まれ付きバグってるんだよ

俺はその人に迫る危機が見える
それがどんな危機なのかとかも、まぁ、ちょっとじっくり見なくちゃいけないけど、結局見ようと思えば見えるんだ」

「じっくり…? 君が俺の危機を見たのは、体育館でだよね?
見られてるのは分かって居たんだけど…30秒も見てなかったよね?」

「気づいてたんだ? でも、30秒もあれば余裕で見えるよ

それに、君のは、今まで見た中で一番って位大きくて毒々しい色してたから、映像も見やすかった

ははっ、理屈としては無理矢理納得したみたいだけど…、信じてないね?」

「…俺、そんなに分かりやすい顔してたかな?」


モヤの事は話したが、心が読める事は話す必要はないよな?

俺は苦笑して「顔にデカデカと描いてあった」と、ごまかした

幸村精市の心はぐるぐるもやもやとしていて、はっきりとしたヒトリゴトは出て来なかった
きっと酷く混乱して、動揺して居るのだろう

次に幸村精市の心に現れたのは、同情と悲しみだった


「それが本当だとしたら、君は凄く辛いだろうし、苦しいだろうね

予知した危険から助けても厄災を呼ぶ死神扱いで、かといって助けないでいても、酷く目覚めが悪そうだ」

「そうだね、その通りではあるけれど…話はもっと深刻で、残酷だよ
深く語る気はないけれど

気が済んだなら、俺は帰るよ
君は今まで通りの生活を送ってほしいな

俺を意識せず、無いものとして扱って…、間違っても特別扱いなんかしないで欲しいな」


幸村精市は、戸惑いがちに頷いた
これで、これで良い筈だ…

しかし神様は、俺に対しては残酷なまでに手厳しい事を忘れていたのだった





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