「テニス、好き?」


モヤを纏った少年が振り返った


「俺、に…言ってるのかな?」

"この人は、確か、あの噂の…"


「うん、君に、言ってる」


「勿論、好きだよ だから今もテニスを続けているし、テニス部の部長にもなった」

"噂通り、変わった人だなぁ"



モヤを纏った少年…幸村精市ははふわりと笑った


「じゃあ、テニスが出来なくなったら、悲しいね」


俺は真顔をキープしたまま、地面へ靴を放った


「…どうして、そんな事を聞くんだい?」

「んー、それはねぇ…」


君の足が取れてしまうのが、見えたからさ


なんて言えるほど、俺は人外になれては居なかった


「…なんでもねぇ」


"確か、彼が話しかけて来た時って、"

"何か、悪い事が起きるって話だけど"

"…本当なのかな?"

"だと、したら…"


幸村精市のヒトリゴトが、その他に紛れて消えていった


わいわい

がやがや

ざわざわ


はいはい、無視無視


確かに俺は特別な存在になりたいと思いました
けれど、特別っていうのは、寂しいし、とても辛いです

だから、だから神様、お願いです

俺、やっぱりみんなと同じがいいです


毎日そう願いながら目を閉じるのに、そんな事を繰り返して、早15年

まだ俺は、この悪夢から逃れられずにいる





「今日は赤也の奢りでミスドでパーチーなんよ
どうじゃ、幸村も来んか?」

「あぁ、残念だけど…
今日は久々に部活がミーティングだけだったから、寄りたい所があるんだ
くれぐれも、ブン太に食べさせ過ぎないように、見張っておいてね」

「プリッ それはワシ向きの仕事じゃあないのう…」


「じゃあな、精市 大丈夫だとは思うが、気を付けて帰ってくれ」

「あぁ、蓮二 ありがとう」

「やはり、送って帰ろうか?」

「寄りたい所があるって言ったろう?
付き合わせるのは悪いし、俺は大丈夫だから」

「そうか…」



"名字の噂は、あくまでも噂に過ぎない"

"けれど、その噂が本当だったら…?"

"…流石に非現実的すぎるか"

テニス部の、柳蓮二のヒトリゴト



"不安がっても仕方がない"

"彼が俺に何かして来たとしても、簡単にどうにかされるつもりは無いし"

"でも不思議だなぁ"

"まるで彼を神様みたいに崇める生徒までいるなんて"

幸村精市の、ヒトリゴト



俺は充分過ぎる程距離を取って、そっと幸村精市の後をついて行った

彼の纏うモヤは、もはや赤を通り越して黒に近かった



"あれは、名字名前?"

"精市の後を追っているのか?"

"このままには、して置けないな"

"精市に何かをするには、少々距離が離れてはいるが…"

"なんにせよ、様子を見よう"


この、ヒトリゴトは、柳蓮二かな?

まぁ、着いて来られても、別に構わないけど、なんだかむずがゆいなぁ


幸村精市は俺に気づく事なく、どこかへと向かって行った

この先にはたしか大きな交差点があったような気がするが、俺はあんまり使わない道だから、その交差点の先に何があるのかは解らないが…


近くに小学校でもあるのだろう
交差点はランドセルを背負った小学生達があちらこちらに居て、それぞれの友人達とそれぞれの話題で盛り上がりながら帰路についていた

こういった場所は、ヒトリゴトに満ちていてどうも苦手だ
頭の中がゴチャゴチャする
ヒトリゴトをヒトリゴトとして聞き取ろうとはせず、可能なだけ聞き流す、無い物として扱ってなんとかやりすごすしかない

俺はmp3プレイヤーのイヤホンを耳に突っ込んで適当な曲を少し大きめの音量で再生した

歌詞に集中してしまえば、大分マシになる

10メートル近く離れた場所で信号待ちをする幸村精市を眺めていたのだが、ふと視界の端にふざけてじゃれ合いながら遊ぶ三人の小学生達が目に入った

幸村精市の視線もその小学生達に向いている

楽しそうだな、なんて思った程度ではあるが、そちらに向けてしまった視界を幸村精市に戻すと、彼のモヤがぐるりと蠢いた

その向こうの情景が次々と場面を変えた


ふざけ会う小学生達が、トン、と幸村精市の背中を押した

幸村精市は車の行き交う車道へと身を乗り出す形となる

そこへやってきた車はそれをよけようと反対車線へと飛び出した

反対車線を走る車の方も、それを避けようとハンドルを切る

車が信号機を支える支柱へと突っ込んだ

信号機は…




情景何ぞをかまって居る隙はなかった

俺はすぐさま駆け出した

小学生達はもう幸村精市の直ぐ後ろへと迫っていたのだから



俺が一歩を踏み出した時、幸村精市の背が押された
俺が二歩目で地を蹴った時、幸村精市は既に半身を車道に乗り出して手をついていた

俺は三歩目と共に幸村精市へと手を伸ばした
車は反対車線へと勢い良く飛び出していた

俺は四歩目をついたと共にで幸村精市のブレザーの後ろの首元を掴み、そのままグイと後ろへ引きずるようにして歩道へと避難させる
車が此方へ向かって来ているのが信号機の支柱越しに見えた

ズルリ、

幸村精市の後ろ首を掴んだまま、後ろへと下がる

中三男子は、なかなか重い


ガシャーン!!


信号機の支柱に激突した車のフロントガラスに大きくヒビが入り、その支柱は大きくひしゃげた

信号機の下についていた、「歩行者、自転車専用」なんて書かれたプレートが信号ごと、落下して来る


プレートはさながらギロチンの刃のようだった


ガシャーン!


ギロチンの刃は、幸村精市が倒れていただろう場所に、俺の目と鼻の先に落ちて来た

もう一歩でも前にいたなら、ギロチンは俺の頭をスイカのようにカチ割っていただろう

尻餅をつくような姿(あの幸村精市が尻餅だなんて、なかなか見れない姿だ)で呆然とする幸村精市を見下ろして、俺はやっとそのブレザーから手を離した
幸村精市が、ゆっくりと俺を見上げた

幸村精市の背を押す事になってしまった小学生達がわんわんと泣き出して、辺りはもはやパニックとなっていた


「あー…、

んーっと…、押したの、俺じゃ、ないよ?」


俺の口からやっと出て来たのは、酷く言い訳じみた台詞だった

「わかっ、てる…、見てたから…、あの子達、が当たったんだよね?」


幸村精市の視線はやはり泣き叫ぶ小学生達に向いていた

よかった、誤解されなくて


「俺、君に引きずられてた筈なのに、見えたんだ」


幸村精市は、酷く青ざめた表情で、言った


「動けないでいた俺の上に、信号機が落ちて来て…

俺、の…、左足が…」


それはまさに、俺がモヤの中に見た情景そのものであった






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