01
猶予は一年。
決意に半年。
(うん。結構ぎりぎりかもしれない、な?)
なんといっても倒すのは魔王。全ての魔物を支配する、魔物の中の王である魔王なのだ。
通りすがりの一般人レベル、いうなら道端のスライムすら倒したことがない普通の人間である自分では到底敵わないだろうし、魔王には取り巻きがいるはずなので無事に対峙できるかどうかも怪しい。
結果は目に見えている。けど、だからといって挑む前から諦めるわけにはいかない。自分にだって引けない理由があるのだ。
なので、自分なりに頑張ってみることにした。
まずは情報収集。倒すべき相手である魔王のことを知ることから始めてみた。
──魔王、魔界を統べる魔物の王。
非道で残虐な魔王の過去や悪事は歴史書から勉強した。学校の授業でも習うし、その辺を歩いている子供だって知っている基本のことだ。こんなの改めて勉強したくなかったし、心が何度も折れて決意が鈍ったのはきっとこれのせい。
魔王って怖すぎる。当たり前だが一般人は近付いたり挑んだりしちゃダメ、絶対。
いろいろ魔王の情報を集めても解らないことがあった。そう、一番知りたい弱点だ。一般に知られているわけがない。もしみんな知っていたら、あっという間に倒して世界は平和になっているはずだ。誰か倒してくれないかな……。
ちなみに魔王のいる場所はなんと勇者初心者の自分でも労せず簡単に突きとめることができた。どうやら魔王の居城は一般公開されており、観光名所なの?っていうぐらい簡単に入れるらしい。一応、立ち入りが出来るのは一般公開されている一部のみに限られているが、身分や種族に関係なく、等しく門戸を開いているのだという。そこは人間も見習ってほしい。身分だの立場だの鬱陶しいんだよ、こちとら一般人だから言ってくれなきゃ何もわからないっちゅーの。
──話を戻して。なんだよ魔物や魔物ではない人間ですら特に制限なく入城OKとか、どれだけ不用心……、いや、来るもの拒まず挑ませて返り討ちにしているんだ。恐ろしい、恐ろしすぎる。大切だから二回言いました。
不用心というか、それだけ倒されない不遜の自信があるのだろう。
次にしたのは実戦経験を積むレベリング、つまりレベルを上げること。これは本当に失敗した。
レベル上げなんて簡単じゃん、魔物を倒せば経験値を得て、経験値が溜まればレベルが上がる、その単純作業の繰り返しだと思うだろ?
それが出来なかったんだよ!
まずレベルが低すぎて魔物が襲ってこない。なにそれ、いたの?ってぐらい無視された。人間どころか道端の石レベルだった。いや、道端の石の方が足の裏をツンツンするから攻撃力があるかもしれない。道端の石以下の存在だった。
けど、だからといって強い魔物に戦いを挑むわけにもいかない。だって死んじゃうから。たぶん指先でピンって弾かれただけで、こっちの人生が終わってしまうレベル差があると思う。
強い魔物に見つからないようこそこそ隠れながら、弱い魔物を探さなきゃいけなくて。
やっと見つけた弱い魔物の代表例のスライムに戦いを挑めば、ピーピーいって逃げ回り攻撃が当たらない。やっと当たっても、可哀相でトドメが刺せなかった。
ゆえにレベリングは大失敗。
負け犬って言われてもいいんだ。……じゃあさ、あんなに小さくて震えながら逃げ惑うスライムを無慈悲に殺せるのか?っての。
スライムを殺したら人間として大切な何かを失う気がした。だから後悔はしていない。後悔はしていないけど、今、ものすごく布団へ帰りたい。
そして、最後は仲間集め。
レベリングに失敗してしまったので、もう後は他力本願するしかないじゃないか。もう一度言おう、後悔はしていないけど何か大切なものを失ってしまった気がするので布団へ帰りたい。──…あれ、さっきと言ってること違ってる? 少しの言い違いは誤差だ、誤差。気にしていたら魔王なんて倒せないぞ。
装備も大切だけど、弱々な勇者にとって仲間は生命線だ。勇者が弱くても仲間が強ければどうにかなる! 他力本願万歳!
結論から言おう、酒場に集まるのは仕事終わりのおっさんだけだった。戦士や格闘家、魔法使いなどの歴戦の猛者は酒場になんかいなかったし、必死に募集もしたがなかなか猛者は集まらないし見つからない。一人でスライムを倒さずに逃げながらレベルを上げるのも限度がある。
「レベル15でラスボスとか……、」
どう考えたって無理ゲーじゃないか。
魔王なんて倒せるわけがない。
だが、挑まなければいけない理由がある。──猶予もないし、もう逃げることはできない。
考えるのは、もうやめよう。
死んだら死んだ、だ。そこまでの人生ってことで、仲間がいない自分が願うのは、遺体は食べずに埋葬してほしいってことぐらい。欲を言えば、遺品は一緒に埋めてほしいかな。転売するのだけはやめてくれ。
──誰にも、死んだことが悟られてはいけない。
ぎゅっと首元の結晶石を握る。
今だけ、少しでいいので勇気を分けてほしい。
一般者入城口と書かれた門を進み、閉じられた木製の扉を勢いよく開ける。大型の魔物もゆったり入れるような大きめの扉は思っていたより軽く、簡単に開いてしまった。
もう、後戻りはできない。
「頼もう!!」
「はぁい。少しおまちくださーい!」
まさか返事があるとは思っていなかった。
聞いたことは、ある。自分が戦ってきたスライムなどの下等の魔物は言葉を喋ったりはしないが、高位の魔物は喋るらしい、と。
つまり、返事した相手は自分が今まで戦ったことのない高等の魔物ということだ。
震える指先で脇に差していた鋼の剣を抜き、身構える。
(……しかし、可愛らしい声だったな)
魔物とは思えない、高いソプラノ。魔物って低くておどろおどろしい声だとばかり思っていたので意外だった。
「いらっしゃいませ!」
ちょこんと、腰ぐらいの高さの子供が走り寄ってきた。
5、6才ぐらいだろうか。魔王の城に不釣り合いな、──…人間の、子供……?
「おにぃさんは、どちらさま?」
「え、……えっと」
正直に答えるのは憚れる気もするが、ここまで来たんだ。名乗るしかないだろう。
個人情報の関係で出身地や氏名は言いたくないので、大きくぼやかして名乗る。墓石に名前は刻まなくていい。死んだことがバレてはいけないのだから。
「……ま、」
「まぁ?」
「魔王を倒す勇者です!」
「ゆうしゃ? ゆうしゃって、あの勇者?」
「あの勇者って、他にどんな勇者がいるのでしょうか?」
「じゃあ、ミュールといっしょだ!」
「一緒? いやいやいや、どう見ても違うでしょ。早く家に帰りなさい、ここは危ないよ」
「ミュールの家はここだよ?」
「へ?」
「ミュールは魔王サマを守る勇者なの!」
ごとり、力の抜けた指から剣が落ちる。
満面の笑みで答えた子供は、ゆうしゃ! いっしょ! と嬉しそうに歌いながら飛び回っていた。
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