21



 処刑の場に、国王は不在だった。
 重い病で体も動かせず、今は国王の業務を第一王位継承者で皇太子でもあるディオルが代行していると聞く。王には他に子供はなく、リレイとディオルの二人だけだ。
 それならリレイの処刑許可を簡単に取り付けることが出来るだろうし、もっと言うと謀反の疑いなんてかけ放題じゃないか。
 顔を顰めるヴァイスの横にいるディオルは、いつになく上機嫌だ。
 ヴァイスが魔界から人間界へ戻ってきたこともあるのだろうが、苛立っているヴァイスとは対照的すぎて腹が立つ。もしリレイが処刑されることを喜んでいるのだとしたら狂っているし、気違いすぎる。

「……なんで、そんなに嬉しそうなの?」
「ヴァイスには解らないか」
「解りたくない」
「ふふ、ヴァイスが戻って来たからだよ」
「意味わかんなすぎ……」

 ヴァイスが吐き捨てるも、ディオルは上機嫌のままだ。手に負えない。
 この先、どうなってしまうんのだろう? リレイが処刑され、国王も崩御したらディオルを止められる者はいなくなってしまう。──今、この場で、自分が命を懸けてでも止めなければ。
 魔法は得意ではないので、服の中に持ち込んでもバレない短剣を持ってきている。長さはないので致命傷は無理だろうが、これでディオルを刺せば、少しは考えを変えてくれるかもしれない。最悪、刺し違える覚悟はできているし。
 震える手で短剣を握りしめる。……もう、戻れない。

「殺すなら、首を狙ったら?」
「……ディオル……」
「ヴァイスになら、刺されても本望だよ」

 覚悟が滲む。なんで刺されるとわかっていながら、にこやかに微笑んでいるのだろうか。刺されるって、拒絶だよ? 愛情表現でもなんでもないから。
 混乱するヴァイスの耳に、叫び声が聞こえる。

「──…ま、魔物だ……っ!」

 処刑台のある城門広場の中央に黒い渦が出現し、魔物が四体現れた。見知った顔のあれは、──トレーネにツェーレ、クーアにバジリスクという、魔王城で出逢った四人だ。
 四人は確かに強い。だが、この兵士やら一般市民で溢れかえっている広場で、いったい何をしようとしているのか見当もつかない。

「さすがアビス女史。座標ぴったりだ」

 人間たちに囲まれて、圧倒的に不利なのは魔物である彼らのはずなのに。四人は気にもせずにぐるりと辺りを見渡している。……何かを探しているようだ。
 その中の一人、クーアと視線が合う。何度か瞬きを繰り返したクーアは、視線を逸らさずに告げる。

「見つけた。隣にいるのがディオル、……か?」

 クーアの背後に隠れるように座り込んでいたのは、現国王のアレンだった。アレンはクーアの視線の先のディオルを視認すると深く頷き、指を差して何か言っている。声が小さすぎて何も聞こえないけど。

「殺しはダメか。力加減がめんどいのう」
「人間の処刑方法って絞首? 断首?」
「断首希望」
「──…魔王クーアが命ずる。全部ぶっ壊せ!」

 クーアは国王アレンの首根っこを掴み上げると、向かってきた兵士に思いきり投げつけた。それ人間!と声が出そうな勢いで投げつけられた国王は兵士にぶつかり倒れ落ちる。無傷そうだが、国王の顔色はむちゃくちゃに悪い。どこか当たり所が悪かったのか、嘔吐している。
 ──止めなければ。
 ディオルに掴まれた指を振り払い、ヴァイスは走り出した。
 魔物と人間、どちらかに被害が出てしまう前に止めないと大変なことになる。逃げ惑う人垣を掻き分け、兵士の脇をすり抜け、ヴァイスは広場の中央へと向かう。
 急いでいたので誰かにぶつかる。痛みは感じない。当たって頭から倒れそうになるのを、違う誰かに手を取られ、その誰かに乗り上げてしまう。

「……あ。ご、ごめんなさい…?」
「痛みはないか?」

 乗り上げていたのは、広場中央にいたはずのクーアの上だった。なんでクーアがここにいるんだろう?
 倒れた衝撃はクーアが受けたのか、痛みはなかった。
 ヴァイスが謝ってクーアを起こそうとするも、クーアに起き上がろうとする気配はない。むしろ注目しろ!と言わんばかりに大きな声で叫ぶ。

「うわー、倒されてしまったー」

 物静かなクーアらしからぬ大きな声で、わざとらしい棒読みのセリフ。絶対にわざとだから! だって見ていたトレーネを始め、ツェーレやバジリスクなど他の魔物たちは、クーアを護るどころか倒れるのを手引きしているようにしか見えなかった。

「ちょ、クーア!?」
「私を倒せばいいのだろう?」
「なんで知って──…!?」
「……ツヴァイ、怪我をしていないか?」
「え? あ、ディオルを振り払ったときに、ちょっと腕を切ったかも?」

 たらりと流れる血は腕をつたい、クーアを抱き起そうとした手にも付着している。
 ヴァイスの血を見て、クーアの顔色が変わった。戦闘が嫌いな平和主義の魔王というのは、どうやら真実らしい。

「茶番はここまでにしようか」

 ヴァイスの手を借りずに自力で立ち上がったクーアは、指で円を描き、魔法の準備をし始めた。使おうとしているのは水の魔法のようで、近くにいたトレーネとツェーレは氷魔法が使えなくなったと怒っている。
 他者の魔法に干渉しえるほどの、強い魔力──。その水魔法で、クーアはいったい何をしようとしているのだろうか?

「──…我は呼ぶ、我は望む。此処へ落ちろ、癒しの雫!」

 一瞬で魔力を高めて水魔法の準備を始めたと思ったら、クーアはさほどの時間を掛けることなく魔法を使って見せた。
 ……ぽたり、雨のように落ちてきたのは癒しの雫。辺り一面に降り出した雨は体に触れた部位の怪我を治していく。不思議な雨のおかげで暴動は止まり、静まり返る処刑場で、誰もが雨の先を見つめている。
 こんな広範囲に効果のある治癒魔法を使える魔法使いは、人間界にはいないだろう。誰が魔法を使っているのか、まさか魔物が──…、人々の声はどよめきへと変わる。
 そう、もっと有りえないのは、これは魔物が扱えないはずの治癒魔法だということだ。
 尋常じゃない早さで詠唱し、行使された魔王クーアの治癒魔法は、ヴァイスだけでなく処刑場にいた全員の怪我を治していく。
 ──それは、人間が使う治癒魔法の比ではない。

「勿体ぶらずに早く使えばいいのに」
「国王……」
「クーアの治癒魔法は病にも効く。私の体調も良くなってきた」
「病にも効くの!? しかもやっぱり、これは治癒魔法なんですか?」
「そうだ。……見よ、あれが死者すら蘇らすと言われた、魔王の治癒魔法だ!」

 死者すら蘇らす、──きっとそれは、真実ではないだろう。クーアは兄を亡くしていると聞くし、トレーネたちの父も戦場で亡くなったと聞く。
 死者を生き返らすことが出来たら、クーアは今のクーアではなかっただろうし、もしかしたら魔界と人間界が停戦し、友好的な関係を築けなかったかもしれない。
 死者は蘇らせることが出来ないけれど、クーアは治癒魔法を使えるすごい魔物だし、そんなクーアを護り、平和な魔界を望む魔物たちもすごいと思った。

「クーア以外に治癒魔法を使っている魔物を見たことはないな。彼の治癒魔法のおかげで、人間や魔物双方たくさんの命が救われた」
「……クーアが?」
「ゆえに、彼を魔王にするなら停戦し、和平を結ぶと提案したのだ」
「え、国王が提案したの?」
「当時は戦場で指揮を執っていた皇太子だったがな」

 ヴァイスと国王アレンが話していると、魔法を使い終わったクーアが近付いてくる。あんなに広範囲の治癒魔法を使ったのに、クーアに疲れている気配はない。
 ヴァイスではなく元気そうになった国王アレンをクーアは睨みつける。

「人間の揉め事を魔界に持ち込むな」
「あはは、……ごめんね?」
「お前は相変わらず、魔界を厄介事に巻き込む」
「えー、あれはただクーアに会いたかっただけじゃん。まだ根に持ってるの?」
「忘れるわけないだろ!」
「人間界に来ない、クーアも悪くない?」
「悪くない」
「じゃあ、たまには人間界に来て?」
「……反省してないだろ?」

 いったい、この二人は過去に何があったのだろう。
 魔界を巻き込むなって、前科があるってこと? しかも国王は絶対に確信犯じゃん、反省している気が全くしない。
 魔王と国王の高レベルなやり取りをヴァイスがぽかんと見つめていると、背後から二つの足音が駆け寄って来た。振り向くと、幼馴染みで双子の皇太子、リレイとディオルの二人が息を切らして立っている。
 ──そうだ、まだこのディオルの暴走という問題が残っていた。本音はヴァイスを交えず、家族間の問題なので身内だけで決着をつけてほしいのだけど。幼馴染みのヴァイスも、ある意味で身内枠の中なのかもしれない。
 言葉を、選択を間違えないように。ヴァイスはディオルを諭していく。

「……リレイを、実の兄を処刑しようとするなんて。ひどすぎるよ、ディオル」

 これは正当な弁だろう。ヴァイスの言葉を聞いていたアレンとリレイの二人も、深く頷いている。
 そもそもの始まりは何だったのだろう。二人の仲は良く、親子関係も良好で。こうなった経緯がヴァイスには解らなかった。

「……」
「え、処刑したい理由は教えてくれないの?」
「瘴気中毒で死にかけていたんだが!?」

 二人とも一方的に殺されかけたとはいえ、理由を聞こうとしている。優しいなぁ……、とリレイに伸ばされたヴァイスの腕が、ディオルによって叩き落された。

「──…お前を、誰にも取られたくなかった」

 叩かれた腕が傷む。傷が治ったばかりなので、あまり触らないでほしい。──いや、それよりも。今、ディオルはなんと言った?
 取られたくない……?

「……はぁ!?」
「取られたくなかったって、俺はヴァイスに恋愛感情ないよ?」
「俺がヴァイスに恋したんだ。双子のリレイが惚れない保証はない」
「……そういうもんなの?」
「えー、ヴァイスは幼馴染みとして可愛いとは思ってるけど、けどさ、男だよ?」
「男でも! 婚約は出来ないが、囲うことは出来るだろ!?」

 うげぇ、とヴァイスが胸糞悪くなって目を背ける。
 つまり、女だったらヴァイスが嫌がろうがなんだろうが既成事実を作るなりして無理やり婚約していたということだ。

「ないわー、え、本気? 弟でも軽蔑する」
「弟じゃなくて幼馴染みでも軽蔑案件だよ……」
「父さんは応援してあげたいけど、国王だからさ。倫理的にダメ」

 ディオルがまだ喚いているが、ちょっとこれはもう無理だ。
 ヴァイスに恋した、そこまでは一応解る。解るが、ここからの理論が解らない。きっと双子の兄のリレイも恋するから、リレイを合法的に殺そう、ってこと? そのためには、兄はもちろん、父も殺して構わない、……と。

「……いや、わかるか!」
「おにーちゃんもわかんない」
「二人ともわかれよ!」

 国王はずっと苦笑いしてる。──いや、笑ってないで、あなたの息子の暴走を止めてください。

「身の危険を感じたので、安全な魔界に行きます」
「安全な魔界って、魔界は危険で安全とは程遠いぞ!」
「俺も殺されそうになったし、当分魔界にいるわ」
「ヴァイスもリレイもおかしいぞ! 正気に戻れ!」
「「……いや、一番ヤバイやつに言われても」」

 話はなんとか纏まったが、魔界の面々は苦々しい顔をしている。
 クーアがこんなに深い眉間の皺を寄せるなんて、滅多にみられない。我が息子と幼馴染みのヴァイス、良くやった。
 クーアはやはりというか、当然ながら。アレンを睨んで文句を言ってきた。

「人間の揉め事を魔界に持ち込むなと言ったばかりだが?」
「不可抗力じゃない? 元気になったし、暫くは大人しく国王業務やるからさ、息子とヴァイスをよろしくね☆」
「…………」

 クーアが面倒くさそうに顔を歪める。だが、優しい魔王サマはなんでも受け入れてくれると知っているから、安心して見送れるのだ。優しすぎるクーアが悪い。
 何もかもを諦めたクーアは踵を返し、様子を見守っていたであろうアビスに声を掛ける。

「……アビス女史」
「ギリギリ行けるわ。クーア坊はバジリスク様とお帰りになられて」

 最初と同じような黒い渦が広場中央に再び出現する。そこには先程まで姿のなかったアビスの姿も見えた。
 魔物たちが黒い渦へと消えていく。

「──また、会いに行くからね! クーア!!」
「来なくていい」

 ふいっとクーアが目を逸らす。

「魔界なんて、人間にとって危険なところは矢鱈と来ない方がいい」
「……やっぱり、クーアは優しいなぁ」
「…………?」
「ちゃんと菓子折り持参で会いに行くから。待っててね」

 言葉を遮るように、大きな影が伸びてクーアを包み消えていく。
 それに倣うかの如く、魔物はもちろんリレイやヴァイスも消えていってしまった。
 残されたのは無残なほどに跡形もなく壊された処刑場と、癒しの雫の名残の水たまりに、どこから出現したのか解らないデカすぎる氷塊と、砕けた氷の破片が無数。──そして、呆然とする皇太子のディオルと現国王のアレンと、これまた呆然としている兵士と、処刑を見に来た野次馬根性丸出しの国民たち。
 いつもながらのクーアに惚れ惚れする。お優しい魔王サマは相も変わらず、人間の心裏を掌握し、勝手に鷲掴んだまま魔界へと帰ってしまった。
 ──早く、会いに行かなければ。変な虫が付く前に。
 魔物は性別を変えられると聞くし、実は妻と死別しているので恋愛は自由だ。後妻として性別を変えたクーアと結婚できれば人間界も魔界も安泰だと思うのだけれど、障害は多そうで逆に燃える。
 まずは最初の障害である息子の一人を説得しよう。未来はそれからだ。
 新しく見えてきた未来に舌なめずりをしながら、アレンはディオルと向かい合う。ディオルの狂った考えは、自分譲りかもしれない。
 ──さぁ、楽しい未来の始まりだ。



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