20
──暗い、国王の私室。
豪奢な扉の前に見張りなどいなかった。捨て置かれている国王の容体はとても悪く、治療を施されていたとはとても思えない。
部屋の中央の寝台に横たわるのは、現国王のアレン……。会わなくなって半年ほどだが、みすぼらしい姿に変わり果ててしまったものだ。最後にあった半年前の記憶を遡るが、少し痩せていると感じたが、それ以外の印象はない。半年でここまで悪化してしまうのか。
薄黒い肌に、爪先を中心として体中に浮かぶ黒い斑点、高熱……。何かの流行り病だと思われて隔離されてしまうのは納得できるが、見る者が見たらこれは病気ではなく中毒症状だと解りそうなのに。人間界も無能が多いのかもしれない。
クーアは自分の影に潜む、バジリスクへ声を掛ける。そろそろクーアを追って、こちらへやって来ている頃だろう。
「──バジ、アビス女史を呼べるか?」
「あァ? 呼べるがツェーレ嬢を一人にしてしまうので、ちょっと寄り道してくるぞ」
「構わない。なるべく早く呼んで来てくれ。……これは、アビス女史の専門だ」
「アビス嬢の?」
「見たことある。……瘴気による汚染中毒、だろう」
「人間界で瘴気の中毒!? 飛び地でもあるまいに、聞いたことがないぞ!」
「俺も聞いたことないけど、──…アレン。お前、犯人をなんとなく解ってて庇っているのか?」
アレンと呼ばれた現国王の反応はない。もう手遅れなのかもしれないが、死んではいないので治療してみる価値はあるだろう。
何も言わずにバジリスクの気配が影から消えた。影から影へ移動しているはずだ。しかし、行き来をするためにバジリスクの影の一部はクーアに残っており、呼べば影へ入れるし、影を通して会話も出来るようになっている。
だから、これからする会話はバジリスクも聞いており、内容によっては全てを放ってクーアのもとへ戻ってくるだろう。
「…………アレン。狸寝入りはやめろ」
「──…まさか。犯人の予想なんて出来てないよ……」
「瘴気を使うって、憎まれ過ぎだろ」
──毒ではなく、瘴気。
毒によっては入手経路が限られるので、犯人特定は容易い。ただ、瘴気は魔界や飛び地に湧いているので、入手する危険はあるものの犯人特定は難しくなる。
しかも風の結晶石を持っていれば、安全に入手することも出来てしまう。
「身内、なんじゃないか?」
「……」
「明日は処刑があるそうだし、人間界は世も末だな」
「処刑!? だ、誰の処刑だッ!」
「知らん」
国王が処刑する者を知らないなんて、有りえない。
下手人の手際が良すぎる。──これは、相当綿密に計算されて行われている、王位の奪略だ。
バジリスクは最短で行動してくれたらしい。好きじゃない人間の国王のために無理な行動をお願いしてしまって申し訳なかった。時間を掛けずにやって来たアビスは、国王アレンを見るなり絶句した。
「まさか……っ」
「治せそうか?」
「……嘔吐に高熱、それに爪の黒い黒点。瘴気中毒の第三段階ってとこかしら。治療はできるけど、原因を絶たないと一生治らないわよ」
「それは……」
「私の治療は過酷だし、国王だからって容赦はしないから。まずはこれを飲んで」
薬を見て、今度はクーアが絶句する。
量もあるその薬は、弱っている者への大量摂取はキツイだろう。それでもアビスは有無を言わさずに全部飲ませた。
「アビス女史、ほんとにちょっと酷じゃない?」
「何を飲ませたんじゃ?」
「毒薬でもなんでもないわ。ただの下剤よ」
下剤……、と、アレンとバジリスクが呟いている。気持ちはわかるが、飲ませてしまったのだから後戻りは出来ないし、アビスは後戻りする気はないようだ。
「瘴気治療の第一は、体から有害な瘴気を抜くこと。下剤で全部出して、瘴気に汚染されていない食べ物を食べるだけで、ある程度は良くなるわ」
「少し体力を回復させてからの方が……」
「瘴気治療は時間との闘いでもあるの。早く治療を始めた方が治るのも早いでしょ」
「……さて、下剤が聞くまで少々時間がある。魔界も巻き込んだんだ、犯人の目星くらい教えてくれてもいいだろう?」
「言えない相手となれば、身内でしょう?」
アビスもクーアと同じ見解だった。
その身内の暴走を止めることが出来なかったのは、身内としても、国王としても失格だと思う。
厳しい視線を向けたまま、アビスが続ける。
「確か二人の息子がいて、上は暗殺未遂で投獄中と聞くわ。となれば、下の息子で第一王位継承者の皇太子──…ディオル、かしら?」
人間界に住んでいるアビスは下手人らしき者の名前まで知っていた。
それはさっき、ツヴァイと繋がっていると言われた者の名前で。──曖昧だった黒幕が、はっきりと浮かび上がってきた。
アレンは諦めたように両手を上げ、トイレにいかせてくれ……、とか細い声で答える。アビスの地獄の治療は始まったばかりだ、魔界を巻き込んだ罪も含め、存分に苦しめばいい。
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