15



 驚愕の新事実に、ツヴァイは震えていた。
 気絶しなかっただけマシだろう。だって魔王は、ツヴァイが魔王城で最初に出会った魔物のクーアだったのだから!

「ミュールは魔王サマを守る勇者なの!」

 ミュールが言っていたことがわかる。守りたくなるっていうか、なんか危なっかしいんだよ。ミュールがいるとはいえ書庫に案内したり、初見の見知らぬ人間と普通に紅茶を飲んで三時のおやつを満喫したり。警戒心はどこいった!?って逆に心配になる程度に危なっかしいわ。箱入りっていうか、世間知らずなのかもしれない。
 ミュールの名前を間違えてゴミにしちゃったのを納得できるぐらい、クーアはどこか抜けてそう。

「わかる! 俺もクーアに癒されたいわー」
「見縊ってもらっちゃ困るなぁ。そんなことで怒る、俺らの王様じゃねーから」

 怒らない。絶対にクーアは怒りそうにない。
 トレーネが言ってたことも、むちゃくちゃわかる。どうやったら怒るの?ってぐらいには怒っているところを想像できないし、魔王城の、ミュールの部屋に泊まるのを簡単に許可しちゃいそう。泊めてほしいけどさ、人間をあんまり簡単に信用しないでほしい。
 クーアで癒されるってのもわかる。ほんわか、のんびりマイペースに公務してるんだろうな。一緒に仕事してたら癒されるし、嫌なことも吹き飛びそう。

「無茶をする子だから、みんなが付いていると解っていても少し心配だわ」

 アビスが言ってたこともわかる。無茶しそうだし、自分のことに頓着しなさそうだから、危険に突っ込んでいきそうなんだよ。今までどんな無茶をしてきたかは知りたくもないけど、周りは振り回され慣れてるんだろうなぁ……。
 確かに、人間のツヴァイが魔王城にいるのに自己紹介してくるし、追い出したりしてこないあたり、クーアの無茶も我儘もある程度は許容してそう。
(けど、クーアを魔王にしたのはこいつら魔物、……なんだよね?)
 ──なんでこんなヤツを魔王にしたの?って説教したくなるぐらい、クーアに魔王という言葉は似合わなかった。

「アビス嬢はなんで呼ばれたんじゃ?」
「魔王城が燃やされたので修理と改装で呼ばれたの。けど、あの悪趣味な別棟が焼かれて清々しているわ」
「悪趣味な別棟?」
「バジリスク様は見たことなくて? 先代魔王によって作られた金ピカの宝物庫よ。趣もなーんもない、負の遺物だわ」

 考え込むオオカミもどきの頭をわしわしクーアが撫でている。いや、それ領主だって名乗ってたし、元は魔物だぞ? ……まぁ、領主をそんな風に扱えるのは魔王だからなのか? 今更ながら、クーアがよくわからない。

「宝物庫の中身は地下に移してあるし、まぁいらないかな……?」
「庭園も近いことだし、来賓用の客棟でも作りましょうか? 温泉もひいて」
「それ魅力! 魔界はいい温泉が湧いてるのに、浸からないのは損だよ!」
「違う泉質の温泉だといいですね」
「……魔王城もっと燃やす?」
「ツェーレ嬢、不穏なことは言わんでくれい」

 のほほんと世間話をしている魔物たちに、ツヴァイがとうとう叫ぶ。

「クーア! なんで魔王だって教えてくれなかったの!?」
「……言ってなかった、っけ?」
「言ってない!」

 言わなくていい、警戒心は大事だと魔物たちはクーアを褒めたたえている。
 確かに警戒心は大事だと思うけど、人間であり蚤の心臓のツヴァイには最初に会ったときに教えてくれてもいいじゃないか。
 おかげでどんな恐ろしい魔王が出てくるのかと、ずっと怖くてハラハラしていたのに。
 クーアが魔王だったとか、詐欺すぎる。

「もっと魔王っぽい格好してよ!」
「魔王の証である、不死鳥の紅い外套着てるけど」
「マントなの、それ!?」

 羽織っている微妙な長さのストールは、どうやらストールではなくマントらしい。マントはクーアに似合いそうにないとはいえ、裾を短くしちゃってるし、この長さでいいのか?

「裾がボロボロだったから、アビス女史にアレンジしてもらったんだ」
「ボロボロの裾は切り揃えて護身の刺繍を施し、レースを足して綺麗にしてみたの」
「裾を引きずらないし、とても良い。……ありがとう」
「ふふ、どう致しまして」

 アビスが嬉しそうに微笑む。マントがストールになってしまったのはアビス作らしい。どんだけボロボロだったんだよ……。

「ツヴァイ、おなか減ってる?」
「……へ?」
「ミュールもおなか減ると悲しくなるよ? ごはん食べよ?」

 ミュールにお腹が減っているんじゃないか、と言われた途端、きゅーっとツヴァイのお腹が鳴った。お腹は空いているけども、それよりも魔王がクーアだということの絶望と安堵感でツヴァイの胸中は複雑だ。
(……だって、だって。俺にクーアは倒せない)
 もっと魔王がおどろおどろしい、恐々とした魔王だったら、挑むのは怖いが戦うのに後悔なんてないけれど。
 こんな平和的な魔王では、挑むことも戦うことも出来ない。

「食堂はこっちだよー!」
「……ここ、食堂なの?」
「うん。みんなで食べるとこだから、食堂!」

 ミュールに手を引かれて案内されたのは、大広間からまっすぐ暗い廊下を歩いた先にあった突き当りの、大広間と同じくらいの大きさの部屋で。寒々しい魔王城の中でも明るく、吊り下げられたシャンデリアや置かれた燭台にはすべて火が灯され、ミュールのためにか風の結晶石が点々と置かれている。
 そんな部屋の中央に、いわゆる晩餐会用のながーーい豪華なテーブルが置かれ、テーブルの上にはこれまた豪華な赤い布が敷かれて、左右には等間隔に椅子が並び、正面の誕生日席はきっと魔王サマの席なのだろう。一段と豪華な椅子が置かれている。
 席は決まっているようで、魔物たちは定位置と思われる席に座り、余った俺はミュールの隣に席と食事を用意してもらった。さっきのおやつといい、魔界で人間用の食事が食べれるとは思っていなかったので、感動してばかりいる。ちなみにオオカミの姿になったバジリスクはクーアの膝上でくつろいでいて、食事を食べる気はないようだ。バジリスク用と思われる席が一席空いている。
 食事の内容は少し量を多く盛られているがミュールと同じで、パンにコーンポタージュの温かいスープ、焼かれた鶏肉(たぶん)にサラダと、いたって普通のメニューだ。
 いや、ほんとに携帯してきた保存食をちびちび食べていたので、温かい食事が食べられるだけで有り難い。
 魔物たちも似たようなメニューだが、ちょっと違うみたいだ。どう違うのかは、席が離れているのでよく見えないので諦めた。
 食べながら会話をするのは魔界ではマナー違反にならないらしく、魔物たちは思い思いに会話をしている。──これは聞いていて良いのだろうか? 聞いたら殺されたりしないよね?
 不安になりつつも、温かい食事を味わいながらゆっくり食べ進める。

「今回は大広間の修理だけでよろしくて?」
「はい。大広間の清掃が終わったらお願いします」
「ここと同じように明るく?」
「華やかだけど爽やかな感じで」
「……ふふ、難しい注文ね。いつもながら抽象的」

 難しいと言いながら、アビスは嬉しそうに笑っている。お手製の傘を所持していたし、クーアのマントをアレンジしたのもアビスだと言っていた。彼女は物作りが好きなのかもしれない。

「あ、書庫の前が壊れちゃってるかも」
「書庫の前? ……あぁ、賊とやり合っていたわね」
「賊と対峙したのが書庫前だったので。蔵書は無事だと思いますけど」
「書庫も改装したかったので丁度良い」
「書庫を改装?」
「蔵書を増やしたら手狭になってきたので、隣の空き部屋も書庫に組み込もうと思って。あと、石畳が冷たいのもどうにかできないかと」
「ふむ。木は瘴気で腐食してしまうので焼いて加工するのはいかがかしら? 壁は土壁の、珪藻土、というものを教えてもらったばかりだから施工してみたいわ」
「ケイソウド?」
「ふふ、腕が鳴るわね」

 ルンルンなアビスは、珪藻土への質問はまるっと無視だ。答えてやらんのかーい!とツヴァイが心の中でつっ込んでやる。立場上、みんなつっ込み難いのだろうから仕方ない。
 そんなツヴァイのつっ込みと同時ぐらいに、ぴょんと黒いオオカミがクーアの膝から飛び降りた。クーアの食事が終わったらしい。

「クーア。久々に会えて嬉しかった」
「バジ」
「賊のこともあるし、一度領地に戻る」
「お願いします」
「そんな畏まるな。立場上、簡単には来れぬが何かあればすぐ駆けつける。息災でな」

 黒いオオカミはそのまま、自身の黒い影のように溶けて消えてしまった。クーアは名残惜しそうに、オオカミがいた場所の影を撫でている。
 他の魔物たちは慣れっこなのか、驚くこともなく手を振っていた。
 会話を再び始めたのは、アビスだった。

「新しくした入浴場はいかがかしら?」
「ちょーいいよ。温泉出るとか最高」
「……快適」
「チカ領は寒いので入浴する文化がありましたが、普通の魔物は入浴しませんからね。浴場はとても助かります。有難うございます」
「広くて、ミュールが迷子になった」

 バジリスクがいなくなったクーアの膝上に、ミュールがよじ登っていた。ミュールはクーアに抱き付きながら、ぷんぷん抗議している。

「迷子じゃないもん!」
「湯けむりで見つけられなんだ」
「お風呂が広いのー!」

 ──入浴場、お風呂、湯けむり。これでは魔王城に入浴場があり、みんなが使用しているように聞こえる。

「お風呂が魔王城にあるんですか?」
「あるわよ。私が作ったの。温泉も引いたし自信作よ」
「温泉!?」
「よろしければ入らない? 魔王城までの長旅、疲れたでしょう?」
「ミュールも一緒に入る!」

 こっちへいらして、と、アビスは席から立ちあがると手招きをしてツヴァイを呼ぶ。
 ミュールは乗ったばかりのクーアの膝上から降りると、ツヴァイの手を引いてアビスの方へと向かう。アビスは大層みんなから信頼されているのか、誰からも何か言われることはなかった。
 大広間と食堂のあった階から何階か上がる。執務室や閣議室を通り過ぎ、物静かになってきたこの階付近に、生活する個人の私室や入浴場が固まっているらしい。

「えっと、飛び地の領主のアビス様……?」
「そんなに仰々しく呼ばなくていいわ。立場もあるし、アビス様と呼んで頂戴」
「……アビス様」
「なぁに?」
「えっと、魔物は魔物でも、あの、女性とは……」
「さすがに異性とは入浴しないわ。入浴してる間、私は今日泊まる部屋を用意させてるから、ゆっくりしてて」
「けど、」
「着替えも必要そうね」
「アビスさま、泊まるのはミュールの部屋じゃだめかな?」
「ミュールの部屋は広いから、問題ないと思うわ。クーア坊にも言わなきゃ」

 最初から気になっていたけれど。
 アビスはクーアのことを、クーア坊って呼んでいないか? バジリスクはクーアに親しすぎるし、魔王と領主の関係性がよく解らない。

「あの、……クーア坊って、」
「クーア坊やの意味よ。私よりかなり年下だし」
「年下……」
「落ち着いて見えるけど、チカ領の三人より年下よ?」
「え!? そんなに若くて魔王になれるんですか?」
「私たちが推したの」

 推して簡単に魔王になれるなら、みんな魔王になっている。
 他にも理由はありそうだけど、アビスは少し悩んですべてを話すのを止めたようだ。ミュールもいるし、血生臭い話は聞かせたくない。

「人間界の後押しもあったけど、一番はあの子の平和主義ね」
「平和主義? 魔王なのに?」
「私たちは戦場で出逢った。戦が結び付けてくれたけど、その戦によってあの子は唯一の家族を失ったわ」
「家族……」
「クーア坊は戦を憎んでる。だから魔王になれたのよ」

 確か魔王は絶対王政の血脈主義で、血が繋がっていないと魔王にはなれないはずだ。──つまり、クーアにも代々と続く魔王の血が流れているはず、……なんだけど。平和主義で戦を憎んでいる魔王って、想像ができない。
 いや、それがクーアなんだと言われてしまえば目の前にいるので、想像はできないが納得してしまえる。
 魔界は良い魔王に治められているなって、羨ましく思えるぐらいには。



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