14



 倒した侵入者を広間に並べていく。
 これだけの人数を、時間も掛からずに倒してしまった三人はやっぱり強いなぁ、と、クーアはいつもながらに思う。視線の先には、魔王城の警邏隊数人と一緒にぶつくさ文句を言いながらも片付けを手伝う三人がいる。大暴れしてすっきりしたのか、侵入者を全員一網打尽にできたからか、三人の表情はすっきり安堵しているように見えた。
 やりにくのでクヴェルとツェーレの二人には氷塊を溶かしてもらっている。溶かすのには火の魔法を使うのが一番だが、二人は火魔法を使えないので時間が掛かっていた。あと、見事なまでに大量に作られた氷塊を溶かすのは惜しいらしい。悪いがその感情はよくわからないので、曖昧に頷いておいた。寒いのは苦手ではないし、見慣れない氷塊は美しいと思うけど、ずっと広間に氷塊があっても邪魔だしミュールが転んで怪我をしてしまいそうだ。
 魔法を使うまでもなく、侵入者たちを氷塊の間から引きずり出して、怪我の有無を確認しながら鎖で拘束していく。端の男の意識が戻ったようなので、作業もそこそこに尋問を開始する。

「さて、少し話はできるかな?」
「……」
「首謀者は誰だ?」
「…………死ね」

 殺しましょう、と不穏な言葉が左右から聞こえる。作業の手を止めてやってきたクヴェルとツェーレだ。二人はクーアより年上ながら、若く血気盛んなので好戦的だが、これが魔物の性なので仕方ない。
 背後ではバジリスクの大笑いが聞こえている。バジリスクは血気盛んな若者が大好きだから、煽ることしかしない。今はちょっと困ることになりそうだから、黙っててほしいけど無理そうだ。いっそバジリスクに頼んでしまおうかな。

「手加減されて、生かされてる自覚はないの?」
「クーアの命を狙ったのだから、死一択でしょ」

 ──殺意が高すぎる。
 だが、魔物に道徳や命の大事さを問うても理解されるわけがない。
 命を狙われはしたが、死んでいないのでいいじゃないかと言ったことがある。そしたら死んでからでは遅すぎると怒られた。確かにそうだ。

「私は優しくて、尋問に向いていないそうだ。バジ、頼めるか」
「儂でいいのか?」
「まぁ、クヴェル達より適任かな……?」
「ほぉう? ──若いのぉ、儂を退屈させるなよ」

 横一列に並べた侵入者たちが、ゆっくりとだがバジリスクの影へと消えていく。たぶん、行先はバジリスクの領地にある牢屋だろう。下手人が解ればそれだけで自分は良いので、侵入者がどうなろうと気にしない。
 ──たぶん、というか絶対、裏には先代魔王がいるけれど。やれやれ、また魔界で面倒事を起こしたいのか。前回は罰金だけでお咎めなしになったが、今回はどうしてやろうか。
 思案するクーアへ向けられる視線が痛くて。振り向けば開け放たれてる広間の大きな扉の影からひょっこり三人の顔が見えた。

「なんで縦並びに覗いてるの?」
「本当に人間が魔王城にいるとは……」
「トレーネも見ていないで手伝って」
「かかっ、クーアは人間に好かれるのう!」

 侵入者はもういないと見るや、ミュールとトレーネが走って来て、そのままの勢いで抱き付いてくる。勢いが良すぎたミュールの頭が腹に激突してそこそこ痛い。がしっとトレーネは首元にしがみついてるし、そんなに心配掛けたつもりはないんだけど。ミュールは半泣きだし、トレーネはちょっと怒り気味だ。
何か言うと何倍にもされ言い返されてしまうので、クーアは甘んじて受け入れる。

「クーア! 怪我はない!?」
「ない」
「ほんとに!? ほんとのほんとに!?」
「……ない」

 面倒くさそうに答えながらクーアが身じろぐも、トレーネは離してくれない。もちろんミュールも離れないので、相当やらかしてしまったのだろうか? 戦闘能力が低いなりに誰も怪我せず、大円満で終わったと思ったのに。

「見れば解るだろ、怪我の一つもしてない。トレーネは……?」
「俺は大丈夫だから! もっと自分を大切にしろよ!」

 自分の身より、トレーネたちの方が自分の中では大切なんだけど。言ったらやっぱり怒られそうなので黙る。
 二人の走って来た広間の扉横には、ぽかんとしている人間と、にこりと微笑むアビスが立っていた。アビスは戦闘に向かないとはいえ呼んだらいなくなってしまったので、魔王城のどこにいるのかと思っていたら、ミュールたちの所にいたのか。人間の気配に聡いのは逆に尊敬できる。

「噂の人間、ですね。なるほど」
「……納得」

 クヴェルとツェーレが氷塊を溶かし終えたのか、ゆっくり人間へと近付いていく。アビスがいるので心配はないとはいえ、二人は人間に好意的ではない。何も言わずにクーアも様子を見守る。

「あ、名前決まったよ! ツヴァイにした」
「ツヴァイ?」
「に! って意味!」

 に……? 怪訝そうなクーアを余所に、二人はツヴァイへ自己紹介を始めた。

「愚弟が迷惑をお掛けしませんでしたか? 私はクヴェル。二人の兄で、魔界を統べる魔界国王の宰相を務めております」
「……ツェーレ。トレーネの片割れ」

 ツェーレの自己紹介は、紹介と言えるのだろうか? トレーネも同じことを思っているのか、少し不満そうだ。
 ツェーレは魔王の護衛をしており、正確な役職名は魔王直属近衛兵団第一近衛隊隊長兼後宮警備隊管理者、だった気がする。長すぎて覚えきれないので短くしようとしたら、みんなに怒られた。格式張ったものの方が見栄えが良いらしい。短い方が覚えやすいし言いやすいので一石二鳥だと思うのに。

「もっと他に言うことあるでしょ!?」
「……ない」
「あるってば!」
「…………、ない」
「ツェーレは魔王サマの護衛だよ! 寡黙で口下手だから、あんまり気にしないで」

 トレーネがやっと離れてくれた。行先はもちろん、ツェーレだ。二人は生まれてからこの方、長期間離れたことがなく初陣も一緒だったとか。長時間離れていると不安になるらしい。依存というのでは?と忠告したら、何が悪いのかと逆に聞き返された。悪いことは今のところ何もしていない、……と思う。
 クーアに引っ付いたままのミュールは、クーアの腹に顔をうずめながら、ミュールは勇者だと呟いている。勇者はクーアに引っ付かないし、もっと強そうだと思うがこれも口にしない。何も言わない方が平穏なのだ。
 ミュールの頭を撫でながら顔を覗き見ると、ミュールは泣いていた。不安にさせた自覚はあるので、思いっきり泣かせることにする。顔を誰にも見られないように肩から掛けていた赤いストールで隠し、背中を優しくさすり続けた。

「思っていたより壊れてないわね」
「アビス女史」
「無事で何より、クーア坊」

 みんなが心配性すぎるのだが。小言が痛い。
 話を逸らすために大広間を見渡す。氷塊が溶けた大広間はびしょびしょで、部分的に壊れていたりと修復と清掃が必要だ。

「もっと壊れると思っていたんだけど」
「改装したばかりの広間は最小限の被害のようね、上々だわ。というか、改装したばかりなので壊さないでくださる?」

 話題を変えたのに、小言を言われるのは変わらなかった。おかしいな、こんなはずじゃないのに。
 不満そうな顔をしていたのか、背後からバジリスクに頭を撫でられる。大きな巨体のバジリスクに撫でられると、昔と変わらず安心するので、撫でられるままに頭を左右に揺らす。力加減が苦手なのは相変わらずだ。

「儂は切り上げるかのぅ」
「え、バジ帰っちゃうの? 久しぶりだから、一緒に食事したかったのに……」

 クーアが巨大な黒いバジリスクを見上げれば、バジリスクは嬉しそうにグルグル喉を震わした。

「急ぐ用もなし。拷問……、尋問は後でよかろう」

 巨大な魔物はそう言うと、徐々に小さくなっていき、最終的には少し大きな黒いオオカミのような姿になった。頭を撫でられるのも好きだが、この姿のバジリスクの背中の毛並みに顔をうずめるのも大好きだ。
 ぽすん、と、バジリスクの艶の良い、少し硬めの毛並みの上にクーアが顔を置くと、二人は驚いているツヴァイへ自己紹介を始めた。

「自己紹介がまだじゃったかのう。バジ領領主、バジリスク」
「改めまして、飛び地の領主のアビスよ」
「アビス嬢と会うのは久しぶりじゃわい!」
「ほんと、領主が二人も揃うって珍しいわね」

 確かに、アビスは人間界にある飛び地の領地にほとんどいるから、魔界にいることは珍しい。
 バジリスクは時々、魔王城へ様子を見にやっては来るが、自分の領地のこともあるので長居は基本しない。侵入者のことがあるのでこっそり滞在してもらっていたが、これは例外なのだ。

「魔王サマに呼ばれたら、臣下である私は来ない訳にはいかないじゃない」
「遠慮せずに呼んでくれい!」

 バジリスクの声に後押しされて、毛皮から少し顔を上げたクーアが呟く。
 近くにいても、聞き逃してしまうぐらいの声量で。

「……魔界国王、魔王クーア」

 クーアが呟いてすぐに反応したのはツヴァイだ。
 目を見開いて、少しのけ反りながら。

「やっぱりクーアが魔王なの!?

 ツヴァイの驚愕する声は、ミュールが泣き止むほど大きかった。



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