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 人差し指をくるくる回す。
 傍から見たら何の意味のない行動に見えるかもしれないが、これは彼が水魔法の準備をしている予備行動だ。

「……クーア。氷魔法には水が必要」
「あ、ごめんなさい。考え事してて、無意識に使ってた……かも?」
「水が、集まってる」

 このまま使うから構わないか、とツェーレ自身も水魔法の準備を始める。
 魔王城城内の現状把握のために風魔法を走らせているので、あとは水魔法さえ練れれば氷魔法へとすぐに転化出来るだろう。水魔法も風魔法も得意だが、チカ領出身なのでやはり戦闘となれば氷魔法を使いたくなる。士官学校で重点的に氷魔法を指導されたし、唯一無比だと教え込まれた。この感情は、他領地の魔物に理解されることはないだろうし、理解してもらわなくて構わない。
 氷魔法はチカ領の誇りであり、すべてなのだ。
 クーアは深く考えていたり、何か不安があったりすると、無意識に水魔法を使おうとする傾向がある。いくら言ってもこの癖は終ぞ治ることはなかった。
 性格、と一言で言ってしまえば簡単だが、クーアがそんな心配性になってしまったのは幼少時の生活環境に問題が有りまくっていた訳で。それを城内にいる魔物は全員周知の事実として知っているので、彼を責めたり咎める者はいないし、そんなヤツがいたら自分が取っちめてやる。

「あ、」
「どうした、ツェーレ」
「トレーネが接触したようです。……逃がした、と」

 それだけで察しのいい主人は全てを理解したようだ。
 水魔法ではなく風魔法に切り替え、侵入者を捕捉する。風魔法はここにいる三人とも使えるが、氷魔法は水魔法に重きを置いているので精度がかなり違ってくるし、細かい作業に向かない性格なので苦手だ。
 数秒で侵入者を捕捉する精度も技術も、流石だと思う。

「捕捉できた。距離はあと約百ってとこかな? 書庫からまっすぐこっちへ向かってきてるみたい」
「もうすぐですね。クーアはちゃんと下がっていてください」
「……えっと、兄上。トレーネはミュールと一緒に人間も保護している、そうです」
「人間? 魔王城に人間がいるのか?」
「みたいです」
「それはさっき確認した。普通の人間だったよ」
「「……クーア」」
「解ってる、危ないことはしていない」

 誤魔化すように、距離あと五十とクーアがカウントする。
 腕に浮かぶ文字を眺める。痛みはないのだが、うっすらと湧くようにどんどん文字が浮かぶのは見ていて不思議な感覚だ。文字が止まったようなので、時間もないし簡単に“りょ”と、了解を砕いて返事する。
 こちらの状況を察知したのか、それ以降は片割れからの返信はなかった。

「──…臨戦態勢」

 クーアの声に、誰も返事を返さない。
 誰に言われるまでもなく、解っている。
 今までずっと業腹だった。先代魔王の取り巻き達には苦労しかさせられていない。それは兄も同じで、クーアはどう感じているか解らないが、先代魔王の取り巻きだろうと侵入者は侵入者。抑えられない殺意しかない。
 広間へ続く、暗い廊下の奥を見据える二人の双眸は、秘められた殺意を隠すように鋭かった。



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