09



 魔法の基本は四属性。
 水、風、火、土の四つが基本であり、どの魔法もこの四属性が関わっている。どの属性の魔法が使えるかは生まれ持った素質によるものが大きく、四つの魔法を使える者もいれば、一つの属性、もしくは一つも使えない者もいるらしい。
 らしいというのは、属性を持たない者に会ったことがないから。都市伝説かもしれないが、属性を持たざる者がいるという噂を聞いたことがあるし、四属性以外の属性があるという噂も聞きかじったことがある。
 ツヴァイは魔導士になりたかったわけではない。
 もちろん、勇者になる予定もなかったし、魔界に魔王を倒しに来る予定もなかった。普通に、平平凡凡に生きていきたかった。──もう、後の祭りだけど。
巻き込まれた自覚はある。この場合、自分から巻き込まれにいったが正しいが、後には引けなかった。
(……俺の性格を、把握しすぎなんだよ)
 誰かを、──否、誰も選ぶことが出来なかった自身の優柔不断さが招いたことだ。もっとも、あの時どちらかを選んだところで結末に変わりはなかったようにも思う。
 見捨てることも、ましてや誰かを踏み台にして一人だけのうのうと平和に暮らしていくなんてツヴァイには出来なかったから。

「一年」
「──…へ?」
「猶予は一年だから。それまでに魔王を倒して戻って来なかったら、……殺す」
「なんで!? どうしてそんな……!」
「殺すのに理由がいるんだとしたら、ヴァイスを愛しているからだよ」
「……」
「今は、解らなくていいよ」

 残念ながら言葉の意味は、言われたその時も、時間が経った今現在ですら理解出来ていない。
 愛しているから他者を殺す、という選択肢になぜなるのか理解不能なままだ。もっとも、その言葉の真意は今だって解りたくもないが。
(……あいつが、変なだけだよ、ね……?)
 変なやつに好かれる変な素質があったとしても、認めたくはない。ツヴァイを笑顔で見送ったヘンテコな幼馴染を思い出す。
 そっ……と、ツヴァイの首に掛けられた風の結晶石。
 慈しむように優しく、ツヴァイの首元へチェーンを掛ける。
 その指は名残惜しそうにツヴァイの首から顎へとつたい、ふにっと唇を押して離れた。首から下がる、風の結晶石がとても重く感じる。
 露店やその辺の店で売っているような、小さく粗悪な安物じゃない。大きくて、首から下げているだけで空気を循環するそれは、風の結晶石の中でも高級品の部類だろう。ツヴァイが一生働いても手に入れることは難しい代物だ。
 まず、こんな大きな結晶石が市場に出回っていないので入手するためのコネが必要だし、本気で買おうとしたら時価なので相場があってないような物ゆえ、莫大な財産が必要になる。
 残念なことに、少し前まで学生だったツヴァイには財産と言えるような物はない。就職活動は幼馴染のせいで悉く失敗し、来春からはニートになる予定だから。

「──首輪」
「へ、」
「俺のモノって証。絶対に失くすなよ」

 幼馴染がちょっと異常で、交友関係は貴族の子息や宮廷魔導士候補生が多かったとはいえ、通っていたのは普通の、一般的な学校だった。魔法に関してはちょっとハイレベルすぎて付いていけなかったけれど。
 そんなツヴァイでも必死に魔法を勉強した結果、なんとか使えた魔法は水魔法だった。
ちょっとだけ指先が湿るような、水魔法と呼ぶのにはあまりに低すぎるレベルのそれは、攻撃魔法として使うには威力が弱く、防御魔法にしては弱々しくて盾にもならないが、水魔法は治癒魔法へと繋がっているので練習あるのみだ。
 ちなみに治癒魔法の練習も、回復魔法の練習もしたことはない。怪我をしないように気を付けていたし、治癒魔法のために怪我をするほど自虐的ではなかったので。体力を回復する回復魔法は、そんな魔法を使っている暇があったら安全な場所でゆっくり眠って体力と削れた精神を回復させたかった。
(……水の結晶石なんて、使ったことないんですけど)
 底辺も底辺すぎる魔法レベル。
 そんなレベルのツヴァイが水の結晶石へ水魔法を使ったぐらいで、どんな結界が出来るというのだろうか。半信半疑ながらもトレーネに言われた通り、大事そうに両手で持つ水の結晶石に力を籠める。
 ほわん、と静かに光り輝いて水の魔法に反応した結晶石は、水をぼこぼこと流れさせた。両手から流れた結晶石水は触れても濡れない不思議な水で、ツヴァイとミュールを包むと半円状を保持して止まった。
 中から外へと手を伸ばせば、簡単に通り抜けてしまう水の結界。本当に結界としての機能があるのだろうか。きょろきょろ水の膜中を見回していると、頭上からガキィィン!と刃物が何かにぶつかった音がした。

「──…ぴぃっ!?」
「やっぱり、まだ伏兵がいたか。ほんとムダだし、もう止めたら?」
「ふ、伏兵……?」
「巻き込んでごめんね。たぶんこれ、魔王サマ狙いの魔界のゴタゴタだわ」

 魔界のゴタゴタ、とツヴァイが呟く。魔界の内情など全く気にしていなかったので、何がどうして魔物同士で対立しているのか理由は解らないが、人間界同様、魔物も大変だなぁ……となぜか同情気味だ。
 魔王が関わっているゴタゴタなど、跡取り問題か魔界の領土関係、もしくは人間界との政策に関することだとは思う。それは人間界も同じだから。
 なんにしろ、人間で勇者のツヴァイが簡単に魔王城に入城できた点で、魔王も魔王城も人間界以上にゆるゆるで、穏やかそうに感じてはいる。この侵入者を炙り出すためだとしても。

「昨夜、城に放火したのはお前達か?」
「……えっ、昨夜そんな事件があったの!?」
「あった。ミュールも火を消すの手伝ったのー」
「魔王サマと寝てればいいのに」
「だって、魔王サマどっか行こうとするんだもん」

 温度が、体感温度がどんどん下がっていく。
 ──寒い。冷たい風が、ヒュゥゥ……と、どこからか吹き抜けている。
 その出所は、ツヴァイとミュールの前に立って侵入者と対峙しているトレーネの右手だった。渦巻く氷を右手でぎゅっと掴むと、その拳はあっという間に氷に包まれてしまう。

「氷魔法は使えないけど、氷を身に纏うことは出来るんだよね」

 それは氷魔法を使えているのではないのか? ツヴァイの疑問を打ち砕くように、その氷の拳は侵入者へと叩き付けられる。
 ドゴォォォン、と砕ける音と共に砂埃が舞う。氷が砕けたのかと思いきや、砕けたのは通路のレンガだった。侵入者は間一髪で避けたようだ。

「兄弟の中では一番弱いけど、氷拳じゃ負けねーよ!」

 氷の拳が振り回される。巨大化した氷を纏っているので、今度は避けきれずに侵入者が何人か吹っ飛んでいく。壁にぶつかって倒れ込む人影は、痛いのか呻いている。

「ミュール! ヒョウケンって、何!?」
「氷拳は氷の拳で戦うことだよ! トレーネはとっても強いの!」
「氷拳……?」
「確か、水を風魔法で冷やすと氷が出来るんだって」

 そんな簡単な仕組みじゃない気もするが、水魔法だけでは氷は出来ないし、風魔法だけでも氷は出来ないと思うので、その二つの属性魔法を使っているのは間違いないだろう。イメージするなら、水魔法で水を生成して風魔法で冷やすような。
 けど、それだけなら人間でも氷魔法を使える人が大勢いるはずなので、氷魔法を使っても自分自身は凍えないようにする何かがあるのだろう。それとも、魔物だから頑丈であるがゆえに氷魔法を使えるのだろうか?
 いろいろと疑問は絶えないが、ツヴァイは丸腰のトレーネが負けないように祈るしかない。剣技はおろか攻撃魔法も使えないツヴァイには、トレーネとミュールの二人を守る術がないのだから。

「氷を拳にしか纏えない半端者だけどなァ!」

 トレーネが再び拳を振り上げる。
 氷を纏った拳が振りかぶったと思った瞬間、石畳は砕かれて粉々になってしまった。半端者と言ったけど、その威力は普通にデカすぎる。
 当たったら絶対に痛いやつだ。
 ひゅッ……と喉が鳴る。こんな強い魔物が、普通に魔王城にいるなんて、やっぱり魔王城は怖いところだ。



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