08



 一緒に生まれたのだから。
 生きるのも、死ぬのも、それこそ何を選び、どこでどうやって生きていくのかも一緒だと思っていた。
 ──…愛しい、双子の片割れ。


 戦場に慣れているわけではない。
 戦闘は苦手だし、魔界最北の出身なのに氷魔法は使えない無能で。
 地獄に隣接する魔界の最北地域では、氷魔法が使えるのが一種のステータスになっている。地獄の女王の遣いが氷魔法を弱点としているのに由来しており、氷魔法が使えない者は魔族ながら半人前として扱われるので要職には就けない。無論、領主は強い氷魔法を使えることが求められるので、トレーネは魔界最北のチカ領の領主の息子の一人として生まれながらも、氷魔法が使えないので領主にはなれない。
 しかも魔物なのに血を見るのが苦手と、魔物なのに魔物らしくなく弱点だらけのトレーネ。防人にもなれないし、戦士にもなれない半端者。
 そんなトレーネの代わりに前線で戦ってくれていたのは、一緒に生まれたのに似ても似つかない、双子の片割れだった。
 戦闘は得意だし、氷魔法は兄を上回るんじゃないかという高威力。初代領主の再来として領主候補に名が挙がっていると聞いた。……本人は、領主の座に一ミリも興味なんてないけれど。
 兄を支え、一緒に最北チカ領を治める。
 それが自分たちの生まれた意味だと思っていたんだ。
 ──彼に、出会うまでは。
 運命、という一言で片付けるには余りにも多くのものを犠牲にした。
 紆余曲折あって戦場で出会い、自分だけじゃない。片割れも、もちろん片割れだけじゃなく兄までも魅了して。何の力もないはずなのに巻き込んで、いつのまにか自分たちの心を捉えて離さない存在になっていた。
 強いて言うなら、俺たちは運命を選んだんだと思う。
 魔界最北チカ領ではなく、魔王を支えて魔界を治める一端になることを。
 口下手な片割れだけじゃない、兄も此処に残ることを選んだときは正直驚いた。魔界の行末に興味は一切なかったけれど、あいつを俺たちで守らなければ。それは忠誠心というよりか庇護欲だったかもしれないし、今現在もよく解っていないけれど。
 俺たちは、此処で、あいつと一緒に戦って。
 あいつが求める、平和で、みんなが幸せに暮らせる魔界になるよう尽力する。
 チカ領はどうするのかと反発もあったし、心残りが今も有りまくるけど。遠くない将来、きっとチカ領には帰るから。それまでは此処で。
 ──あいつが、ずっと笑っていられるように。
 全ての邪魔者を排除していく。
 無論、目の前の侵入者も例外ではない。

「ここが魔王城と知っての狼藉?」

 無音。返答はない。
 出てきてくれたは良いが、どうやら会話は成り立たないかもしれなくて。兄の目測通りかもしれないと、ため息を一つ。これは会話で説得をするのは難しそうだ。
 トレーネは侵入者との会話を諦めてそっと背後の二人を見やる。ミュールはいつも通りだけど、ツヴァイは緊張しているっぽい。
 ミュールはそこそこ長く魔王城に住んでいるので良い意味で場慣れしているのだ。不穏な空気にも、命を狙われることにも。
 これから何が起こるか、誰にも特に説明されてなくても、なんとなく感じ取っているのかもしれない。

「──ツヴァイ」
「は、はい!?」
「そんなに畏まらなくていいんだけど」
「だってなんか、見るからにヤバそうな人達に囲まれちゃってるから」
「……確かに」

 トレーネ一人で切り抜けるのは簡単だ。
 だが、二人を守りながら戦うのは正直厳しい。そんなに器用じゃないし、そもそもトレーネは戦闘が苦手なのだ。よそ見も手加減も出来ない相手なら尚更。

「ツヴァイは結界作れる?」
「結界? え、作れないけど」
「……勇者だよね?」
「勇者にも得手不得手あるだろ。……まぁ、結界どころか剣も魔法も苦手だけど」

 それは言われなくても気付いていた。
 ツヴァイからは驚くほど血の臭いがしない。そう、魔物の血なまぐさい臭いもなければ、怨嗟も感じないのだ。誰にも恨まれず、血の臭いがしないということは、魔物を倒したことがないということで。
 勇者としてのレベルは低いだろうし、剣技も魔法も未熟だろう。
 この状態でよく魔王城までやって来れたもんだ。普通なら魔界の瘴気で歩けなくなるし、正気を保っているのも困難になる。
 ──首から下げている、風の結晶石。
 ツヴァイの周りの瘴気を浄化している結晶石は、高位魔法で風を結晶化させたものだ。人間が魔界で行動するには必須ともいえるが、高位魔法のため作れるのは宮廷魔導士レベル。ほとんど市場に出回っておらず、あったとしても値段が高価なので、一般人が入手できるような物じゃない。
 だからといって、ツヴァイがどうにかして作れるようなものでもなくて。きっと誰かが、ツヴァイに贈った物だろう。
 見る人が見れば、こんな大きな風の結晶石を持つ人間を襲うようなことはしない。
 高位魔法を使えるか、高価な結晶石を買える財産があるということだから。本人は無自覚でも、はたから見たらバックの人が怖すぎる。
 血の臭いも怨嗟も感じない、一般人のはずなのに。目に見えない誰かの、強すぎる執着を感じる。

「……その風の結晶石は?」
「人から貰った物だから風魔法は使えないけど、水魔法は少しなら使える、よ。……たぶん」
「へー、上等じゃん。助かるわ」

 トレーネは袖から丸い球を取り出してツヴァイに渡す。
 水の魔法を込めた水の結晶石で、持ち主が水魔法を使うと発動し、持ち主を守るように球体の結界を生成するものだ。持ち主の魔力にもよるが最低でも五分、半径一メートルほどの水の結界が、水魔法を使うたびに半永久的に発動する優れものだったりする。
 ちなみに結晶石を作ったトレーネは結界の出入り自由だ。なぜか双子の片割れも入れちゃったりするのだが、きっと双子だからだろう。兄は弾かれていた。
 氷魔法は使えない。
 そう、一応トレーネは使えないのだけれど。
 使えないからといって、魔法がからっきしダメという訳ではない。氷魔法を使うための水と風の魔法は心得ているし、攻撃魔法に転化できるほどの高威力がある。チカ領では認められないながらも、領主の息子としてそれなりの教育は受けてきたし、なんなら勝算があるから此処に今、立っているのだ。

「一応、理由ぐらいは聞こうかと思ってたんだけど。話す気がないなら、もういいよね?」
「──…トレーネ?」
「ツヴァイ。水魔法を使って。結界が出来るからさ、そこから出ないで」
「……! はい!」

 ツヴァイが水魔法を使うと、小さめながらも球体の、水属性の結界が出来た。ツヴァイと、ツヴァイの服の裾をぎゅっと握るミュールの二人をちゃんと包み込んでいる。この結界が何分持つか解らないが、長引かせるつもりはない。
 トレーネも右手を強く握る。
 風を掴むように。──水を集めて、二つを重ねて合わせるように、強く。
 戦闘は苦手だ。初陣を済ませたけれど、血の臭いにも戦場にも慣れることはなかった。
 ──だからこれは、この拳は。誰かを守るために戦うことを選んだ拳だ。



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